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79.夜襲
テオドールが起き出してテントの外へと出ると、火の前にはディートリッヒだけが座っていた。テオドールの姿に気付くと顔だけそちらへと向ける。
「なんだ。お前だけ本当に起きてたのかよ」
「魔塔主様の張り巡らせた結界は強力だと思ってな。お前が無理矢理にレイヴンとテントを共にするから、1つテントが開いていたし時間差でウルガーと交代するつもりで休ませた。レイヴンは?」
「ちゃんと眠ってる。そこまで体力がねぇからなぁレイヴンは。それなのにすーぐ我慢しやがるから。無理にでも休ませてやらねぇと」
「それに関しては同意見だ。魔法使いとは本来体力ではなく魔力 が重要なのだろう?テオがおかしいだけで」
ディートリッヒの言い分に、テオドールが面白くなさそうに相槌を打つ。
「誰がおかしいって?それは勿論素晴らしいって意味だよなァ?銀獅子さんよ」
「あぁ、褒めてやっているのだが。お前こそわざとらしい言い回しをするな」
他愛のない言い合いをしていたが、同時にピタリと動きを止める。
ディートリッヒの表情がガラリと変わり、険しい顔つきで視線を巡らせ気配を探る。隣のテオドールも表情はあまり変わらないものの、捜索 で状況を即時に分析する。
「30ってとこだな。――またワンコか。わらわらと……飼ってんのか?後、デカいのが2体。にしても気配が混ざってるんだよなぁ。オーガだと思うが、普通じゃねぇな」
「確かに。オーガのようでオーガではない。放つ気配が別物だ。一体、どういうことだ」
「……面倒臭ぇな。全部吹き飛ばす方が楽なんだがなぁ」
「阿呆が。周囲の森と共に村々まで破壊するつもりか?何にせよ、このままにはできん」
ディートリッヒとテオドールが話していると、テントから先にウルガーが欠伸をしながら姿を現す。その手には剣が握られており、テオドールとディートリッヒが鎧も着直す時間を稼いでいたことに気づいてキッチリと準備してきている。
「もう少し寝かしておいてくれませんかね。ちょうど寝入ったところだったのに」
続いてレイヴンも、魔物の気配と捜索 を敏感に察知し、身支度を整え合流する。
「これは……私たち狙いでしょうか?この数は自然発生ではあり得ない数ですね。やはり例の魔物使いが……」
「知らねぇが、売られた喧嘩は買わねぇとな。準備ができたら、こっちから仕掛けるぞ」
騎士と魔法使いで右、左を固める。騎士の2人が剣を構えたところで魔法使いの2人が、強化 、防御 をまずは騎士の2人に順にかけていく。
「俺に強化 いるかぁ?まぁ、いざとなったら拳で殴ってもいいが……魔法に強化 はいらねぇな」
「師匠の本気とか、俺も見たことないですよ。必要であればかけますが、それこそ辺りを壊さない為の結界が必要になりそうな気が……」
「まぁ、俺とレイちゃんならこの程度楽勝だろ。問題はオーガもどきくらいじゃねぇか?」
ニィと笑いかける余裕を見せるテオドールが、レイヴンには丁寧に保護魔法をかけていく。自分だけかけられたことに気づいたレイヴンが、ダメですよ?とテオドールにも保護魔法をかけて、チラと見遣る。
「それを言うなら団長にもいらなかったんじゃ……大地割れますよ?」
「くだらないことを言ってないで、始めるぞ。寝床を壊されても、周辺に被害が出てもまずいからな。先に我々で前にでるぞ」
「了解。テオドール様とレイヴンは?」
ウルガーが剣を引き抜いて目線だけ向けると、魔法使い2人も目配せして合図し合う。
「師弟愛ってヤツを見せつけてやらねぇとな?」
「何か違う気が……でも連携は任せてください」
改めて全員で頷き、まず先に騎士の2人が結界の外へと躍り出る。獲物をまだかまだかと待ち構えていた何匹ものブラックウルフが獲物に気付き2人に向けて跳躍し、食い荒らそうと牙を向ける。
「その程度で我が剣を止められると思うな!」
吠えたディートリッヒがまずは横一線に薙ぎ払う。騎士剣にしては大型であるディートリッヒの剣は専用の両手剣でかなりの重量があるのだが、ディートリッヒは軽く片手で振り回す。
風圧と切っ先に当てられたブラックウルフ数体が巻き込まれ、血飛沫をあげて辺りの木まで吹き飛ばされた。メリ、と嫌な音がし、何匹かは木にめり込んでいる。
「相変わらず化け物じみてますね、団長は!」
続いて、ウルガーが1体のブラックウルフの牙を剣で受け止めると、続けざまに襲いかかってくるウルフの群れに向けて思い切り蹴り飛ばして吹っ飛ばす。
逆側から飛びかかってきたブラックウルフも、身体を反転させて受け流し同じく別の群れへと放り投げ、すぐさま、剣を構え直す。
「衝撃の波 !」
「――雷電 」
後方から躍り出たレイヴンの放った魔法で、後方のウルフの群れが空に弾けた見えない波で吹き飛ばされていき、テオドールが軽く放った雷が落雷となって、皆が放ったブラックウルフを着実に焦がしていく。
「グギャァァァ!!!」
そこかしこで断末魔が響き渡る中、ウルガーが軽やかに駆け回り確実にまだ息のあるブラックウルフにとどめを刺していく。
「団長も一振りで終わらせてるし。俺なんて丁寧に突き刺していくの大変なんですけど!」
「軽口を叩いている場合か!オーガが動き始めたぞ、気をつけろ!」
「ワンコは大したことねぇが、アッチはまだ攻撃が読めねぇんだよなぁー」
ヒラと手を振って余裕を見せるテオドールだったが、地を踏み鳴らしてじわりじわりと近づいてくる不気味なオーガを見て、普段より真剣な表情を浮かべ様子を伺う。
「ブラックウルフもこの前の個体と一緒ならば、毒がある可能性もありますし。殲滅で正解だと思います。が、何ですか、あのオーガたち。あんな皮膚の色、見たことない……」
「待ちは性に合わないが、様子を見てから斬りかかるしかないか」
レイヴンとディートリッヒが攻めあぐねていると、テオドールがしょうがねぇな、とニヤリと意味深な笑顔を浮かべて呟き、詠唱し始める。
「……し、師匠!?それ、大丈夫なんでしょうね!?あぁもう!!――光の盾 」
テオドールの魔法に嫌な予感がしたレイヴンが、慌てて全員の前に光り輝く透明な盾を生み出す。キラキラと輝く盾は透けているので盾の裏側にいながらも状況が確認できる。
「テオ、お前大規模なのを打つ気なのか!?」
「たぶん、大丈夫だと思いますが念の為です!爆風防止なので盾の後へ!」
「たぶんて……弟子が言うなら信じるけど、テオドール様の魔法は容赦なさそうで不安だ」
レイヴンの言葉に皆、近づいてくるオーガの挙動に集中し、テオドールの光る掌に収束してくる炎と共に辺りの温度が上がっていく。
「――爆発 」
放たれた呪文と共に炎は膨れ上がり、一直線に2体のオーガへと飛んでいく。その距離が縮まり、炎が落下しかけると同時にパチン!と指を鳴らす。
「分割 !」
テオドールの合図で炎はその場で2つに分かたれて、2体のオーガの頭に命中し、その頭上で小規模な爆発を引き起こす。ドゴォン!という爆発音と共に黒い煙が上がり、オーガの肉片が周囲に飛び散る。先程の獣臭に混ざり、不快な臭いが漂う。
「な……分かれた!?」
「良かった……威力を分散させたんです。師匠お得意の小細工ですね。といっても、普通の魔法使いじゃできない芸当です。さすが、師匠」
珍しくレイヴンがべた褒めしているのが聞こえているのか、それほどでもねぇよ。とテオドールから得意げな声色が漏れた。だが、それでも倒れないオーガに視線は向けたまま、チッ、と舌打ちする。
「首が吹き飛んだのに、なんで倒れないんだよ……」
「いや……良くみろ、アイツ、顔がもう1つついてやがるぜ。うぇ……気色悪い」
ウルガーの言葉にテオドールがオーガの身体を指差す。距離が縮まり見えてきたのは、胸元にある不気味な顔だった。
「まさか……合成獣 か!?確かに戦争で使用する国があると聞いたことはあるが……」
「そんなものまで作っているだなんて、一体どこの誰が。この前の魔物使いだけじゃなく、産み出す方もいるということでしょうか?」
ディートリッヒとレイヴンが言葉を交わす間にも、首が吹き飛んだままオーガは余裕なのか同じようにじわじわとこちらへと近づいてくる。
スーッと消えた光の盾に気付くと、全員が戦闘の体勢を整え直す。
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