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82.出発までの間に

魔物との戦いで疲労した身体を休めたウルガーが火の前へと戻ってくると、短い仮眠を済ませたディートリッヒが先に座っていた。話しかけようとすると、無言で指を差す。視界には入っていたので気づいてはいたのだが、どうやら魔法使い2人が眠っているらしい。 「テオドール様もですか?」 「俺が来てからこのまま少し眠るといって、さっき寝付いたところだ。テントに行くのも面倒だとか言うのでな」 苦笑するディートリッヒの前には、テオドールに背を預けたまま腕の中で安心して眠るレイヴンと、そのレイヴンを両腕でしっかりと捕まえて抱き込んでいる穏やかな表情のテオドールが座ったままの体勢で眠っている。 「……これはまた、なんと言えばいいのか……」 「思った以上に深い信頼関係を築いているようだな。こんなテオの顔は見たことがない。普段ならレイヴンを見せたくないだの、近づくな、などと言うものだが。テオも実は疲れていたのかもしれないな」 「まぁ、魔塔主様とはいえ、一応人間ですからね」 テオドールが眠っていることをいいことに好き放題に小声で談笑しながら、騎士2人もこの場で朝を迎えようとしていた。 +++ 明朝―― 漸く目が覚めたレイヴンは、朝の鍛錬なのか剣の素振りに精を出すディートリッヒが遠目に見え、自分が座ったまま眠っていたことに気がついた。同時にテオドールに抱きしめられている状況に気付き、更にこの状態を確実に見られていたという事実に耐えきれなくなり、慌てて拘束から抜け出そうとジタバタし始める。レイヴンの動きで目を覚ましたテオドールが欠伸をしながら、レイヴンを見遣る。 「んー……?何だぁ?どうした」 「どうした?じゃ、ありません!信じられない!!師匠、俺に眠り(スリープ)かけたでしょう!?それに、何でこんな……」 「いや、テントまで戻るの面倒だったし。何かレイちゃん抱きしめてたら俺も眠くなったから寝てたわ」 「起きたなら離してください!俺、顔洗いに行ってくるので!」 何とか振り解き、未だ納得がいっていないテオドールを無視して立ち上がる。その様子に気づいたディートリッヒが額の汗を拭って、おはよう、とレイヴンに声をかけた。 「おはようございます。ディートリッヒ様。何だか、すみません。顔を洗ってきますね。出発までまだ時間はありますか?」 「まだ大丈夫だ。ウルガーのヤツは起きていると言ったくせに、また一眠りすると言って寝ているくらいだしな」 「ディートリッヒ様は朝から鍛錬をなさっていて、どこかの師匠とは全く違いますよね。たゆまぬ努力がディートリッヒ様の強さに繋がるというのが良く分かります。俺も見習わないと」 「鍛錬はやらないと身体が訛ってしまうのでな。習慣のようなものだが、レイヴンはいつも俺を褒めてくれるな。ありがとう。周囲はもう安全だと思うが、気をつけてな」 笑顔で挨拶を交わすと、レイヴンは軽く頭を下げてから足早に水場へと向かって歩いていく。面白くなさそうに頭を掻きながら立ち上がったテオドールは口に煙草を咥えて火を付ける。 「お前は……そういうところがレイヴンに嫌われているんじゃないのか?」 「余計なお世話だ。俺には文句で、なんでディーのことはべた褒めなんだよ。俺も昨日は格好良かったはずなのによ」 「その年で何を言ってるんだ、お前は。そのふざけた態度をどうにかすればいいだけだろうが。それでも、お前たちが仲が良いことは理解した。テオ、レイヴンを悲しませるなよ?」 「はぁ?説教だけじゃなくて、お前こそ何を言い出してんだよ。そりゃあ、レイヴンと俺は仲良しに決まってるが、その気持ち悪い顔をやめろ。煙草が不味くなる」 微笑ましげな笑みを湛えた爽やかな表情のディートリッヒに、テオドールは思い切り苦虫を噛み潰したような顔を向けて煙草の煙を吹きかける。ゲホゲホと咽るディートリッヒが説教の嵐を巻き起こす中、どこ吹く風と、レイヴンの背中を意味深な視線で見送った。 +++ 川で顔を洗おうとしたレイヴンだったが道の先に綺麗な泉を見つけ、なんの気なしに近づいていく。 「何かキラキラしていて綺麗な泉だ。森の奥にこんなところがあるなんて」 朝日が差し込んだ泉は光が反射して水面がキラキラと輝いており、静寂に包まれたこの場所はどこか神秘的でもある。 「……どうせなら、水浴びしていこうかな」 捜索(サーチ)で念の為に周囲を探り安全なことを確認すると、身に着けていたものを順に脱いでいく。全て脱ぎさってしまうと、岩の上に一式をまとめて置いて、そっと泉の中へと足を踏み入れた。少々冷たいが、透明度も高く水浴びには適している水質のようだ。 ゆっくりと丁寧に身体を水で流していると、ガサ、と小さな物音が耳に届く。 身構えて、音の方へと視線を流すと、近づいてくる人影が遠目に見えた。急いであがろうと一歩を踏み出した瞬間――――捕まえた」 気づいた時にはレイヴンは抱きすくめられており、唇を塞がれていた。

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