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88.エルフの2人組

「いらっしゃいませ」 宿屋を営む女将らしき女性が明るく声を掛けてくる。ぞろぞろと入ってきた面子に一瞬呆気に取られるものの、すぐに気を取り直して、お泊りですか?と続けて確認してきた。 「私たちより先に宿泊している2人組がいると聞いたのですが」 「ええ、その方たちならお部屋へご案内しましたよ。確かに後から人が来ると仰ってましたねぇ」 「すまないが、その部屋に案内してもらえないだろうか?向こうも承諾済だが、用があってな。到着したことを知らせたいのだ」 「はい、分かりました。この子に案内させますから」 使用人の少女が呼ばれると、ディートリッヒの前に立って軽く頭を下げる。ご案内しますね、と告げて、先頭に立って歩きだした。 「確かに、思ったより部屋数も多くて綺麗な宿屋ですね」 「田舎にしちゃあ悪くねぇな。今日こそは1人1部屋で泊まれるんじゃねぇの?」 接近禁止令が解かれたテオドールとレイヴンが辺りを見回しながら歩いていると、少女が突き当りの扉の前で立ち止まる。 「こちらのお部屋です。いらしてから外には出られていないので、中にいらっしゃると思います」 「すまないな。案内ありがとう」 ディートリッヒは小遣い程度の銅貨を少女に手渡す。少女はお礼を言って頭を下げるとそのまま来た道を戻っていった。 「この中にいるんですかね。どっちにしても早く解決できるといいんですけど。では、団長。張り切ってどうぞ」 「この場でもふざけてる場合か。全く。いいか、扉を叩くぞ」 ディートリッヒが扉を叩こうとしたところで、中から、開いているから入れ、と高圧的な声がした。全員で顔を見合わせて、扉を開き中へと入る。 「遅かったな、人間よ。まあ、人間ではこの村に来るのも遠かったな」 「……いきなり喧嘩を売るのはやめなさい。彼らに失礼だわ」 部屋の中にはフードを外して姿を顕にしたエルフの男女がいた。2人とも美しく長い金髪の持ち主だが、女性と思われる方は髪を三つ編みに結っている。服装も緑を貴重とした清楚なものであり、男性はパンツ、女性はスカートの形になっていた。 「この度は遠いところをありがとうございます。私はエルフの里長の命でこちらに参りました、レクシェルです。こちらはハーリオン」 「里長も何でこんなまどろっこしいやり方を……コイツらが協力など好んでする訳もない。私たちで何とかすればいいものを」 レクシェルと名乗った女性の方は穏健派で、ハーリオンと呼ばれた男性の方は人間を敵視しているのだろう。先程から当たりが強い。それでもディートリッヒも気にせず、同じく名乗りを上げる。 「今回、我がアレーシュ王国の代表として来たうちの1人、ディートリッヒ・アーベラインだ。こっちのがウルガー・ボーネマン。俺たちは騎士だ」 「初めまして。私はレイヴン・アトランテです。こちらは師匠で魔塔主である、テオドール・バダンテール。私たちは魔法使いです」 簡単な自己紹介をすると、ハーリオンがテオドールを不躾な視線で睨みつけてきた。 「お前が……幾つもの森を吹き飛ばし、目にした全ての物を破壊するという、極悪非道な魔法使いテオドールか。確かに見た目もその通り、品のないオーガキングだ」 容赦のない悪意に大しては流石に腹が立つというよりかは呆れたらしく、テオドールは茶化すように両肩をすくめる。 「……おい、レイヴン。コイツいきなり失礼なんだが。俺でもそこまで喧嘩売らねぇってのによ。普通の人間だったら泣いてるところだぞ」 「普通じゃないからよかったです。エルフの里にまで悪評が広まってるとは思いませんでしたけど」 レクシェルがすみませんと謝るが、今度はレイヴンの方を見つめてくるので、レイヴンの方が美しいエルフに見つめられて照れくさくなり、何か?と呟く。 「ごめんなさい、レイヴンさん、でしたね。あなたを見ていると何だか不思議な気持ちになったもので。何でしょう、親近感?」 「何を言っているんだレクシェル。人間にそんなものを感じる訳ないだろう。コイツは黒髪だ。黒髪は不吉の象徴でエルフにとっては害悪のようなもの……」 ハーリオンが態度を改めずに今度は矛先をレイヴンに変更するのが分かると ――部屋自体が、軋む音がする。 あ……とレイヴンが気づいた時には遅く、テオドールの魔力(マナ)が膨れ上がっている。ビリビリと肌を刺すような威圧感は、慣れているはずのレイヴンでも少々息苦しい。 「ったく、これだからエルフの坊っちゃんは。そっちの姉ちゃんは常識があるみたいだが、森の中に引きこもって威張るようなヤツに、ウチのレイヴンをとやかく言われる筋合いはねぇんだよなァ?」 「ック、な……いきなり何を……それに、この息苦しい質量は……」 魔力(マナ)に当てられたハーリオンが耐えるように顔の前に腕を持ってくると、ディートリッヒもまた顔を顰めて、テオドールの肩を掴む。 「テオ、抑えろ。宿屋には否はない。ここで事を荒立てても何も良いことはないだろう」 「そうですよ!師匠。こんなのいつもの事じゃないですか。別に俺も気にしてませんから、抑えてください!綺麗な宿屋を壊すつもりですか!」 レイヴンも腕を取って必死に訴える。すると、フッと魔力(マナ)を引っ込めて、ニヤリと笑い、ディートリッヒとレイヴンの身体を腕で囲いこみ、悪い悪い、と2人をポンポンと叩く。ディートリッヒを盾にして逃げていたウルガーも安堵の息を吐き出した。 「……あなたもこれで分かったでしょう?我々の中でも未熟なハーリオンが選ばれたのは、里長の気遣いよ。経験の少ないあなたに与えた任を、あなた自身で壊すつもりなの?」 「……本当のことを言っただけだ。なのにムキになって牙をむくなどと。やはりやったのはこの国の連中なのでは?」 ひたすら悪態しか吐かないハーリオンに対して盛大な溜め息を着くと、レクシェルは、申し訳ありません、と前置きしてから、思い切りハーリオンの頬を平手で打った。 パァンっ!と乾いた音が室内に響く。 「立場を弁えなさい。これ以上騒ぐのならば、あなたをこれ以上ここにいさせる訳にはいかない。里長にありのままを伝え、この任から外します」 「……っ」 ひとしきり全員を睨みつけてから、赤くなった頬を抑えてハーリオンは乱暴に扉を開け、出ていってしまった。レクシェルはじんと痺れた手を下ろして頭を下げる。 「お見苦しいところをお見せして申し訳ありません。あのような未熟者でも連れて来なければならないほど、私たちは疲弊してしまいました。里長はもう少し人間の皆さんとの交流をしていきたいと思っているのですが、まだあのような考えを持っている者たちも多くいるものですから……」 「くだらないことを言うヤツに、エルフも人間も関係ねぇよ。俺はコイツのことを気に入ってるから、あの生意気な兄ちゃんを威嚇しただけだ。ま、次言ったらどうなるかは分からねぇけど」 テオドールの言い分にホッとしたのか、レクシェルがまた頭を下げる。 「少しくらいそういう目に合わないと分からないのです。頭を冷やしたら戻ってくると思うので、先に始めましょう。我々の事情を説明します」 レクシェルが勧めた奥の部屋へと進み、各々ソファーや椅子へと腰掛けた。

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