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90.エルフの森

宿屋の外に出ると先程散々絡んできたハーリオンが納得できない顔のまま、扉の近くに立っていた。相変わらず不満げな態度のままではあったが、レイヴンを見る視線は汚らわしいものを見るのではなく一応これからの活躍次第というような、そんな譲歩が感じられた。 レイヴンも小さな変化に気づき、ハーリオンと目線を合わせることはなかったが、テオドールには目配せをし、テオドールも小さく頷く。 「ハーリオン、少しは頭を冷やしたのかしら?」 「……それよりも、一刻も早く戻らないと。同胞が危険だ」 ハーリオンは言い捨てると、肩で風を切るように先頭に立って早足で歩き始める。 皆は顔を合わせ、仕方ないな、という満場一致の意見でハーリオンの後を追う。 後方に気を遣わない歩みは早いが、ここで道を間違えてしまったらこの先探すのは困難だろう。皆も遅れをとらぬようにハーリオンの背中を追いかける。 さらに村を離れて細道を進んでいくと、鬱蒼とした森が目の前へと現れた。 勝手知ったる道のせいかハーリオンは後に続く者たちへの配慮など一切なく、迷うなら迷えと言わんばかりの早足でどんどんと森の奥深くへと進んでいく。 歩き辛そうにしているレイヴンも、ハーリオンが内心は同胞のことで頭がいっぱいで焦っているのかも知れないと急ぐ背を見ながら感じて、必死に後を追って足を踏み出していく。 「この辺りも縄張りってか。確かに広々と使ってるじゃねぇか」 「通り道とカモフラージュとしてお借りしているだけです。まだ、この辺りには魔物も出てきていませんが……」 テオドールとレイヴンで捜索(サーチ)をかけているが、今のところは引っかからない。 ディートリッヒとウルガーも気配を探っているが、魔物の気配はなく。木々のざわめきと差し込む光が柔らかい、普通の森だ。 「ここからもう少し進んだところに空間を歪めた場所があります。そこに入ってしまうと元に戻るには我々がいないと難しくなりますので、注意してください。ハーリオンは後ろを見ないと思いますが、私は皆さんの側にいますので」 「了解した。しかし、空間を歪めているのにも関わらず魔物はその先にいる、ということか」 ディートリッヒの表情が険しくなり、空気も少しずつ緊張したものへと変化していく。 今は地を踏みしめる音と風にざわめく木々の音しか耳に届かないこの森の先に、人間が踏み入れない地があるのだと思うと、レイヴンも同調して緊張し始める。そんなレイヴンの雰囲気をすぐに察したテオドールが、何気なくレイヴンの手に触れて指先を握る。 「し、師匠?」 「……全員、前しか見てねぇよ。ディーもウルガーも気配を探ってるし、エルフの姉ちゃんも今はディーの側にいるからな」 テオドールに触れてもらったおかげなのか、レイヴンの中で張り詰めていた空気が抜け出して呼吸が楽になる。繋がれた手が揺れると、シャラン、と揃いで付けたブレスレットが触れ合って音を奏で、2人の間でだけ小さく涼やかな音色が耳に届く。 「テオ、ブレスレット、当たってるから……」 「ん?あぁ。そうか、手繋いだからか」 「もう、大丈夫ですから。離しても」 このくらいのことで照れるレイヴンに笑いながら、テオドールは素直に手を離そうとしたのだが、レイヴンの方が最後にキュッと握り込んでから、名残惜しげに離す。 「別に誰も何とも思わねぇよ、これくらいで」 「思いますって。でも……今回はテオと一緒だから。安心してます」 照れながらも嬉しそうに微笑したレイヴンを、その場で色々したくなる気持ちを抑えつけたテオドールは、いつものように頭にポンと手を置いて何とか自分を押し留める。 +++ 暫く歩みを進めているとレクシェルの言葉通り、何か違和感を感じる場所に辿り着く。見た目では分かりづらいが、肌に感じる違和感は空間魔法を展開した時と同じようなものを感じる。それは魔法使いではなくても、気持ち悪いという感覚で共有できるものだった。 「1つ目の歪みを抜けます。皆さん、気をつけて」 数歩先を進んでいるハーリオンの背中を見ながら、景色は森の中のままの空間を抜けていく。ディートリッヒとウルガーは、なんとも言えない感覚にやはり気持ち悪さを覚えているせいか、眉間に皺を寄せている。テオドールとレイヴンは、魔法の感覚には慣れているので、違和感だとは思っているがそこまで気持ち悪さは感じずに、普通に抜けることができた。 「……おかしい。もうこの辺りでも奴らがいていいはずだ。なぜ、なぜ何もいない?」 ハーリオンが歪みを抜けきったところで森を見回すが、生き物の気配が感じられない。乱暴に草木を掻き分けようと、何者も現れる気配がない。焦ってさらに奥へと小走りで進んでいく。 「もう、2つ目まで攻められているのかもしれない。急ぎましょう」 本当は同じく焦っているのかもしれないレクシェルが、何とか冷静な声色で皆を次の地点へと案内しようと、早足で歩き始めた。 さらに奥深く、似たような森を抜けていくと、エルフたちの言う2つめの歪みの付近にやってくる。すると、何か焦げたような、腐ったような臭いが鼻をツンと刺激する。 「何だ、この臭い……あんまり良い予感はしないけど、団長どう思います?」 「争った後の臭い。これは……血の臭いも混ざっているようだ」 一層厳しい表情になったディートリッヒが、伸びる枝を掻き分け道を作っていく。 その後でウルガーが後方及び前方に注意を向けて気配を探り、身体を回して左右から飛び出してくるかもしれない敵襲に備える。

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