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92.師匠と魔法陣

地面を覆っていた炎が消えると、先程までの不快な臭いは一変し、焦げた臭いと焦げた地面だけが残る。雨は地面を洗い流し、完全に浄化したわけではないが毒も共に洗い流していく。 「雑魚の大群は一掃できたが、まだ変異種は残っているようだな」 「厄介なラットの大群がいなければ、俺たちでも対処できますからね。それより……さらに里の結界の方に魔物が近づいている可能性があるってことですか?」 話しながら残った変異種の相手をしている騎士たちは、警戒態勢のまま辺りを見回す。 わらわらとしていたラットたちは殲滅できても、変異種のラットは減らしても減らしても数がなかなか減らない。それでも振るう剣は止めることなく、襲いかかってくるラットは一刀のもとに斬り伏せる。 「コイツら、何度倒してもどこからか現れて。それで一旦撤退をしようと……」 「私が撤退しようとした時に足を挫いてしまって。彼が助けてくれたから何とかやられずに済みましたが、このまま助けてもらわなかったらと思うと……」 若いエルフの男女は、人間だということには偏見はないらしく。命を救ってくれたということに感謝を述べた。テオドールもヒラと手を振って気にするなと暗に伝えながら、ラットたちが湧いてくる先に鋭い視線を送る。 エルフたちの盾となってラットたちを振り払っていたハーリオンも不服そうな表情を全面に出してはいるものの、礼の代わりなのだろうか鼻を鳴らしてテオドールを見遣ると、顔を背けた。小さな子どものような態度に流石のテオドールも毒気を抜かれて、鋭さを一度引っ込め、同じく鼻を鳴らしてニヤと人の悪い笑顔を向けた。 「この感じだと……召喚陣があるのかもしれねぇな。だとしても、変異種だけを産み続ける仕組みだとしたら面倒な代物だな」 「魔物使いだけでできる所業ではありません。1人でこれほどの襲撃を行えるとは思えませんが……」 レイヴンも苦い表情で森の奥を見る。 ここ最近の連続している襲撃、変異種の魔物。 そして合成獣(キメラ)―― この一連の襲撃が何を意味しているのか、レイヴンは長く息を吐き出して何とか頭を切り替える。今はまず、目の前のことを何とかすることが先決だ。 「撤退したということは、もう里の前の結界前まで魔物が辿り着いている可能性がありますね。最悪の事態は避けなくては。里には戦える者はほとんど残っていないのです。今は里長が結界を強めて抑えてくれているとは思いますが、逆に結界に関わっているということは、攻撃に転じることができない、ということでもあります」 「我々も此処に来た以上、問題を放置して帰る訳にもいかない。――決着をつける」 ディートリッヒとレクシェルは顔を見合わせて、里に近づく最後の歪みへと共に向かう。遅れてハーリオンも付いていき、怪我をしているエルフたちはゆっくりと後を追う。 「いや、確かにこの辺のは大体倒したけど……って団長!あぁもう人使いが荒い!!」 ウルガーも最後に残っていた変異種のラットを切り払うと、慌てて走り出す。 悠々と皆を見送っていたテオドールは、今、走り出そうとしていたレイヴンを腕を掴んでグイっと引っぱって引き戻す。 「いや、今遊んでいる場合では……」 「俺たちは先に召喚陣を潰しに行くからいいんだって。まだ感覚的には現れねぇだろうが、もう少ししたら湧いてきそうだしな」 テオドールは捜索(サーチ)から探知(ディテクション)に切り替えて、正確な位置を魔力(マナ)から探り、レイヴンの手を引いて進み出す。 「コッチだ。嫌な臭いがしやがる」 「確かに、気分の悪くなるような魔力(マナ)を感じますね」 2人が辿り着いたところには、黒い血のようなもので書かれた不気味な魔法陣があった。さらに靄のようなものを纏っている魔法陣は、ドクドクと波打っているようにも見える。地面に書かれてはいるものの、仄暗く文様が悪質なものであるということを示していた。 「あまり見たことのねぇヤツだが、召喚陣で間違いなさそうだな。さっさと壊すか」 「壊すって……消そうにもどうするんです?浄化魔法は使えないじゃないですか」 レイヴンの疑問を払拭するようにニヤと笑むと、テオドールは足で適当に消し始めた。 あまりに適当な所業にレイヴンが止めようとしたが、それだけでも効力を失ったのか召喚陣の鼓動のようなものは薄れ、嫌な臭いもなくなった。 「な、なんで?どうなってるんですか?」 「別にどうってことねぇよ。足から強い魔力(マナ)を流して反発させてやっただけだ。つまり、俺の魔力(マナ)を脅かすほどのもんでもなかったって訳だな」 「なんですかそれ……相変わらず意味が分からないですね。でも、偉大な師匠を持ったお陰で1つ企みを潰せた訳ですから。俺たちも急ぎましょう」 レイヴンの言葉に、分かった分かったと。今度がテオドールが腕を引っ張られる状態で先行組の元へと向かうことになった。

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