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95.里長と師匠と弟子
廊下を進んでいくと、突き当たりに大きな扉があった。ここがいわゆる、謁見室のような部屋なのだろう。レクシェルが重々しい扉を両手で開くと、中にはさらに美しいブロンドの長髪のエルフがいた。新緑の色をしたローブに身を包み、うるさくない程度に銀地の模様が描かれたローブは品が良く、頭に被っているティアラが静かな黄金でキラリと光る。
訪問者に挨拶をしようと彼が振り返る。
口を開いて挨拶をしようとした、正にその時――
「え……?」
「ま、まさか……」
里長らしきエルフとレイヴンの視線が交わった時――
レイヴンの頭の中に見たことのない風景が流れ込んでくる。
目まぐるしく流れる風景はどれも見に覚えがなく、ただ、冒涜的に意識を掻き乱して離れない。そのうちに目の前がチカチカとして、とても息苦しくなる。レイヴンは為す術がなく、フラっと身体が倒れかけるが、何とか踏みとどまる。それでも息苦しさは変わらずに、どうしようもなく頭が痛みに苛まれる。
「…ぅ、う…っく!?な、何が……」
「おい、レイヴン!」
慌ててテオドールがレイヴンを支えるが、レイヴンは頭を抱えて息を乱したまま動けなくなってしまう。テオドールに一旦レイヴンを任せ、ディートリッヒはレイヴンに駆け寄りたい気持ちを抑えて、代表としての役目を先に果たそうと正面に向き直る。
「レイヴン……レイヴンと、言ったのか?」
「そうだが……貴方が里長で間違いないのだな?」
何故か顔色を変えて動揺しているらしい里長に話しかけるが、里長の方もレイヴンを見ていてどうも様子がおかしい。
「……アンタだろう?レイヴンに記憶封印 かけたのは。俺も解こうと思ったが、かなり厄介な代物だったから、無理するとレイヴン自体を壊しちまうと思って諦めてたが。だが、この感じ。アンタを見たら勝手に外れそうになったとしか思えねぇ」
「……詳しいことは後で話す。客人よ、こちらに。このままだと記憶が暴走しかねないから、一旦抑える」
里長がローブを翻し、横にある扉を開いて皆を誘導する。レクシェルも何事かと不安そうだが、共に着いていく。
「こちらは里長の居住空間ですが……」
「今はそんなことを言っている場合ではない。彼のことが先決だ。さあ、この部屋に」
レイヴンを抱き抱えてテオドールが室内に入ると、奥にあるベッドにレイヴンを寝かせる。
苦しんでいるレイヴンの額に里長が手を当てると、人間には聞き取れない言葉を紡いでいく。淡い光がほんのりと輝くと、苦しがっていたレイヴンが落ち着きを取り戻し、そのまま気を失ってしまった。
「……それで、どういうことか説明はしてもらえるのだろうか」
「……説明はするが、客人の中で彼と親しい者だけに伝えてもいいだろうか。私も正直、動揺していて、上手く話せるかどうか自信がない」
ディートリッヒにも歯切れに悪い言葉しか返さない里長に、ディートリッヒが苦々しげに顔をしかめるが、ウルガーが肩に手を置いて、緩く首を振った。
「気持ちは分かりますが、事情を察していそうなテオドール様にお任せするのが1番いいと思います。俺たちはレイヴンが話してくれることになったら聞きましょう?」
「……分かった。テオドール、頼んだぞ」
テオドールが頷くと、里長とテオドールを残して皆、室内から出ていった。
勝手に椅子を引っ張ってきて、レイヴンの側に陣取ると、テオドールが足を組んでエルフの里長を睨みつける。
「レイヴンの中には元々魔力 の流れがあるが、もう1つ違う力がある。俺らとは違う、奥底に封じ込められた何かが。コイツと一緒にいる間に封印が解けないか色々文献も読み込んでみたが、かなり複雑な鍵 が掛かってて、無理に外そうとすればレイヴンの中で力が暴走してどうなるか分からない。ずっと、この封印を解く方法を探してたっつーのによ……」
「そうか、貴殿がテオドールか。だから、このことに気づいたのだな?では、彼を育てていたのは君なのか?」
「俺が会ったのはガキの頃だ。赤ん坊の頃は平民の親が育ててくれたらしいが、戦争で亡くなったと。俺は戦争で出張った国でたまたまレイヴンと会って、そのまんま連れ帰って今まで俺の弟子として一緒に過ごしてきた。が、まぁ、それだけじゃねぇけど。先にアンタの正体を聞く必要があるよなァ?」
口調はいつものテオドールだが、雰囲気は敵対心が剥き出しで、エルフの里長に取っても息苦しく感じる。それでも言わねばなるまいと、テオドールとレイヴンを交互に見遣り、長く息を吐き出した。
「私はクレイン。このエルフの里の長であり、レイヴン、その子の父親だ」
「はっ。父親だと?何だ、じゃあレイヴンは……」
「私と人間の妻、カナリーの間に産まれた――ハーフエルフだ」
「は、ハーフエルフだぁ?おいおい……そりゃあ、可愛いだの、美形だのなんだのと周りから言われてたけどよ、まさかハーフエルフだったとは……まぁ、何となく事情は分かった気がするが。レイヴンの記憶がないことと、コイツの黒髪に原因があるんだろう?」
テオドールは手を伸ばして、意識のないレイヴンの髪をそっと撫でる。その手付きと表情を見て、クレインも疑問に思ったことを口にする。
「それで、テオドール殿。この子と貴殿はどのような関係なのだろうか?」
「ん?あぁ、殿とかいらねぇから、適当に呼んでくれ。まぁ……いや、今度はコッチが言いづらいんだが。さっきも言った通り、俺が師匠で、コイツが弟子なのはそうなんだが。なんつーか……アレだ。恋人?」
「……は?いや、何を言って……失礼だが、レイヴンと君とだとかなりの年齢差が。それに、この子は男で……」
「しょうがねぇだろ、愛してるし。愛に男も年齢差も関係あるかよ」
大の男同士が衝撃の暴露を投げ合っていると、レイヴンが身じろぎして意識を取り戻そうとしていた。2人は一旦言い合いをやめて、レイヴンの顔を覗き込む。
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