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97.里長の話
湿っぽい話が苦手なテオドールも流石に空気を読んで大人しくしているが、不安そうなレイヴンを見ていると抱きしめたくなる衝動を抑えて、今はレイヴンの手を握り返す。
「その通りだ。エルフの里では、人間を毛嫌いし、さらに黒髪を持つものはこの地に呪いを振りまく忌み子だとされてきた。レイヴンだけではなく、過去にも私と同じような者がいて、その時に産まれた子も秘密裏に殺されたと聞いた」
「そんな……だとしたら、俺はどうして助かったんでしょうか……その、お母さんは……」
クレインは美しく鮮やかなセルリアンブルーの瞳から、綺麗な涙を一筋流す。
「私が未熟だったばかりに……彼女にも、レイヴンにも、何もしてやれなかった。私は捕まる前に彼女を遠くへ逃したのだが……彼女がどうなったのか……亡くなったということだけは他のエルフに教えてもらうことができたが。私が知っていたのはそこまでで、レイヴンがどうなってしまったのか知ることができなかったのだ。だから、まさか生きていてくれたのだとは……思いもよらなかった。すまない……私にもっと、もっと、力があれば……いなくなってしまった彼女の元へと逝くことすら、私にはできなかった」
涙は流れ続けるが、レイヴンもどうして良いか分からずに困惑して動けない。
テオドールはどうしたものかと思案しているが、こういった重苦しい雰囲気も苦手なので、開いている片手で頭を掻きむしる。
「で、アンタは。今はどうなんだよ?里長になったんだろ?」
話を先導することが苦手なテオドールも、何とかこの空気を打破して進めようと話を振る。レイヴンは不器用なテオドールに安堵して微笑を向けてから、静かにクレインを見つめた。
「私はここから外へ出ることが許されず、死ぬことも許されず、悲しさを封じ込めてしまおうとヤケになって多くのことを学んだ。その甲斐あって、里長になることができたのだ。漸く少しずつこの里の風習を変えようと悪しき者たちを追放し、排他的考えを排除して人間とも緩やかに交流していこうとしていたところだったのだが……」
「そんな時に里を脅かす者が現れた、ということだったのですね。そこにやってきた人間たちのなかに俺もいたから……」
クレインは静かに頷く。漸く止まった涙をそのままに、クレインはレイヴンに少しだけ近づく。悲しげな表情はそのままだが、慈愛の表情も含めた優しい目線でレイヴンを見つめる。
「こんな私を父親などと思わなくても構わない。ただ、カナリーだけは。本当に君のことを愛していたのだと、伝えたかった」
「俺自身、今、どうして良いのか分からないです、けど。正直、恨む気持ちとか、そういうのも感じないです。本来は泣き叫んで、感情的になって、というのが正しいのかもしれませんけど……記憶のない今でも、自身の過去について不幸だとか思ったことはありません。色々ありましたけど、結果、最終的にテオと出会えたので。育ててくれた両親にも、そして、お母さんとあなたにも、出会えて良かったんだと、思っています」
「そうか……今まで良い人たちに囲まれて生きてきたのだろう。それだけで私は心から嬉しく思う。ありがとう、レイヴン。カナリーも今の君を見たら、きっと喜ぶはずだ。では、今から記憶封印 と鍵 を外そうと思う。準備は良いだろうか?」
その言葉に少しだけ考え込むレイヴンの頭にテオドールがポンと手を置いて撫でる。
そして茶化すように手を挙げた。
「1つ質問だ。外すと言うことは、レイヴンの秘めた力を開放することも含まれるよな?それは大丈夫なんだろうなァ?暴走したり、レイヴンの身体と精神に及ぶ危険性は?」
「記憶と共にエルフの血脈であることで使用できるはずの精霊魔法が使えるようになるはずだ。今のレイヴンの精神状態と身体の状態を見遣るに、危険性はほぼないと言っていいだろう。ただ、ハーフエルフのレイヴンの場合、精霊魔法を使用する時間に限りがあるだろうから、無理は禁物だ。それと、精霊魔法を使用すると、力の影響で恐らく見た目にもその時だけ変化が現れる。使用し終わればいつもの状態に自然と戻るだろう」
クレインの説明を聞いたレイヴンは、見た目……と繰り返す。テオドールは楽しそうに笑んでなるべく明るく接しようとしているのが分かり、レイヴンも緊張した面持ちから、少し表情を崩して苦笑する。
「でも確かに。俺、見た目的には今も人間ですよね。エルフの皆さんって耳が尖っていて、瞳の色が緑色なイメージがあるのですが……俺、瞳も焦げ茶色ですし、髪も黒ですし」
「髪の色についてだが、ハーフエルフの子は時折そういった黒色になると言われている。身体的特徴は、エルフよりか、人間よりかは、その子によって違う。レイヴンは元々人間よりだったから、見た目では分からないのだろう。カナリーは栗色の髪をしていたし、私はこの通りの色だ。力を使用する時は、恐らく私に近い容姿になるのではないかと思う。使ってみないことには詳しくは分からないのだが……」
「エルフなレイちゃんも気になるから、俺は危険がないなら今すぐにでも見てぇな」
テオドールのおどけた口調にいつもの調子が戻ってきたレイヴンは、チラとジト目を向ける。そのやり取りも見守るように、クレインは静かにレイヴンの返事を待つ。
「……違う方向に聞こえるのは俺の気のせいでしょうか?でも、俺もここまで来たら全てを思い出して、自分に向き合いたいですから。お願いします」
「分かった。では、レイヴン。こちらへ」
促されるままに、テオドールに手を引かれてベッドから出て立ち上がる。一旦その手を離してから、そっとクレインの側へと近寄った。テオドールも姿勢を正して、何があってもいいようにその様子を2人の側で見つめる。
「では……いくぞ」
クレインの手のひらがレイヴンの額に優しく触れる。自然と目を閉じたレイヴンを見ながら、クレインは人間には聞き取れない言語を紡ぎ出す。それがエルフ独特の言語であると共に不可視の力がレイヴンに伝わっていく。身体の中で感じたことのない流れが入り込み、緊張していると、レイヴンの中で、パキン、と音がした気がした。
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