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98.精霊魔法
「……ぅ……これ、が……?」
「今、幼い頃の記憶を蘇らせた。それと同時に魔力 とは少々違う力の流れを感じることができると思うのだが」
クレインの言う通り、何かが外れたのと同時に、自分と両親と森の中の小さな家で暮らしていた幸せな記憶と、温かい別の力の流れを感じることができた。
自然と目から涙が零れ落ちて、レイヴンのローブを濡らしていく。
「あ……俺、可愛がってもらっていたんですね。ほんの少しの間だったから、朧げだけど。そっか……良かった……お母さんの顔も、少しだけ思い出せました」
「一緒に暮らせていたのは3年も満たなかったと思うが。私の長い人生の中でも1番幸せな時間だった。カナリーは本当に可愛がっていたよ。私も……愛おしかった」
2人で遠慮し合う空気が流れる中、テオドールが息を吐いて、しゃあねぇな、と一言呟くと、ふいに立ち上がりレイヴンの背中を軽く押す。バランスを崩したレイヴンは、そのまま目の前にいたクレインに倒れかかり、クレインも慌てて自然にレイヴンを受け止めた。
「テ、テオっ……あ、その……ありがとう、お父さん……」
「……っ、レイヴン……あぁ……私を父と、呼んでくれるとは……森と精霊に、感謝を……そして、テオドール。君にも感謝を」
レイヴンが遠慮気味に背中へ手を回すと、クレインも遠慮がちに両腕をレイヴンに回して抱きしめた。テオドールも今は色々あったものの、今は素直に親子の再会を見守ろうと、気にすんな、とヒラと手を振ると、後はふてぶてしく両腕を組んでその様子を暫く見守った。
ぎこちないが親子が愛情を確かめあった後、そっと身体を離してレイヴンがクレインを見上げる。先程よりかは他人行儀ではない視線にクレインも表情が自然と和らぎ、レイヴンの目元をそっと拭う。
「あ、ええと……そうだ。うまくできるか分かりませんけど、精霊魔法を試しに使ってみたいのですが」
「……そうだな。そんなに難しいことではないと思うが、今は慣れていないから力の強い精霊を呼ぶことはできないだろう。そのうちに認められれば、精霊たちの方から自然と力を貸してくれるようになる。精霊魔法とは、精霊を呼び出して対話し、その精霊の力を借りることが主な召喚魔法の一種だ。慣れていくうちに呼び出していられる時間も長くなるはずだ」
「なるほど……分かりました。やってみます」
レイヴンはそう言うと、ゆっくりと目を閉じてまずは感覚的に自身の身体の中に流れるいつもと違う力を掴もうとする。力強くもなくそれでいて何だか温かいような不思議な感覚がするが、恐らくこれがそうなのだろうと本能的に感じた。その力に逆らわずに願いを込める。
ふわ、とレイヴンの着ていたローブが浮き上がる。目に見えるのは黄金色の優しい光。
その光はそのうちに全身を包んで、髪もふわりと持ち上げる。
激しくもなく、優しい光の奔流が全身を駆け巡り、少しずつレイヴンを包んでいく。
そして、全身が光に包まれたレイヴンの髪の色が、すぅっと光と同じ色に染まっていく。
髪色が透き通るようなブロンドへと変わり、目の前のクレインと良く似た色になる。
「……本当に変化するのか……綺麗だな」
誰に言うでもなく、目を奪われてしまったテオドールが静かな声色で呟く。
集中しているレイヴンは呟きに気付くこと無く、ゆっくりと両目を開いた。
光は段々と収束しレイヴンの左目に収まっていき、いつもの焦げ茶の瞳が美しいセルリアンブルーに変化して、人間の瞳とエルフの瞳に分かたれた。
光がおさまると、自然と力が落ち着いてローブも髪の毛も重力に従って着地する。
同時にポンッ!と可愛らしい音がして、目の前に透明な4枚の羽を持つ小さな可愛らしい子どものような生き物が姿を現した。グリーンのふわふわとしたドレスのようなものを見に付け、髪もブロンドでこちらもふわふわとしている。まあるくて愛らしいピンクの瞳が忙しなく動いて、皆を視界に捉えていく。
「呼んだ?呼んだ?」
高く可愛らしい声を発した生き物が、レイヴンに向けて話しかけてきた。レイヴンも自分がしたこととはいえ対応が遅れて目をパチパチとしてその生き物を見て固まってしまう。
「どうやら、成功したみたいだな。この子は風の妖精。色々と情報を届けてくれる可愛い子だ」
クレインが先に妖精を撫でると、キャッキャッと楽しそうに笑い始める。テオドールがレイヴンと妖精を交互に見ながら、同時に手を伸ばして頭を撫でようとしたが、妖精は何故か警戒してレイヴンの背中に逃げ込んでしまった。結局レイヴンの髪の毛だけがくしゃくしゃとかき混ぜられる。
「ちょ、テオ!何してるんですか?妖精にも嫌がられてるし」
「いや、ホントに見た目が変わるのかと思ってな。レイヴンは髪の毛以外は見えねぇだろうけど。言ってた通り、髪と左目が父親そっくりになった」
「え……えぇ?そ、そうなんですか。じゃあ精霊魔法を使うと目立ちますね。その、そっくりになるのは少し、嬉しい気もしますけど……」
レイヴンの様子を温かく見守るクレインに恥ずかしそうに笑いかけて、自分で呼び出した妖精をおいでおいで、と呼んでみる。妖精は好奇心旺盛なのか、すぐにレイヴンの前に寄ってきた。
「初めまして!人間さん。何のご用?」
「あ、ええと……初めまして。レイヴンです。今はご用はないんだけど……」
「レイヴン?レイヴンは、はんぶんこなんだ?でも、はんぶんこも好きだから大丈夫!仲良くしてね!ご用ないの?ご用ないなら、遊ぶ?遊ぶ?」
人懐っこい妖精はレイヴンの周りをクルクルと飛び回る。レイヴンも微笑しながら見ていたが、テオドールにだけはやたらと敵対心があるのか、近づこうとしない。
「レイヴン、これ、ヤダ。何かこわーい。きらーい!」
「おいおい…俺、何もしてねぇぞ?何でだ?しかもコレって、俺はモノじゃねぇっての」
「テオドールの魔力 が強すぎるのかもしれない。棘々しいと思うのかもしれないな」
「とげとげきらーい!」
思い切り嫌われているテオドールを見てレイヴンも思わず笑ってしまう。逆にレイヴンには初対面から懐いた妖精は、頬にちゅっとして楽しそうにキャッキャッと笑う。自由奔放な妖精にイラッとしたテオドールが大人気なく舌打ちする。
「く、擽ったいから。可愛い妖精さん、俺のために来てくれてありがとう」
「お安いご用なの!レイヴンもかわいいからスキ!ふわふわだからスキ!でも、そろそろ帰らなくちゃ。また呼んでね!ばいばーい!」
今のレイヴンでは呼び出せる時間が限られているのか、またクルクルとレイヴンの周りを飛び回ってから、ポンッ!と音を立てて消えてしまった。
妖精が消えてしまうと、レイヴンの髪の色と瞳の色もすぅっと元の色へと戻っていく。
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