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104.馬上の師匠と弟子
途中も何事もなく無事に村へと辿り着くと、ウルガーが目を付けていた馬宿に馬を借りに行く。幸い馬は借りられたのだが、レイヴンは自分1人では乗ることができないので必然的にテオドールと一緒に乗ることになった。
「師匠が馬って……」
「お貴族様の嗜みだからな。ほぼ乗らねぇけど、レイちゃんと一緒に乗るくらいはできるしな。問題ないから安心しろって」
「テオドールとは昔競争したこともあるくらいだからな。やや乱暴だが大丈夫だろう。それでも嫌ならいつでも交代するぞ」
「団長……まぁ、いいです。行きましょう」
皆、馬の手綱を握り、やや早駆けで飛ばしていく。
レイヴンはテオドールの前に乗りしっかりと抱き込まれているので、密着した状態で馬は進んで行く。風を切って進んでいく馬上で、レイヴンは乗り慣れないせいかやや緊張してしまい、身体に妙な力が入ってしまい、手綱をギュッと握り込む。
テオドールの体温を近くで感じるのも、何だか気恥ずかしくて、自然と大人しくなってしまった。静かなレイヴンが気になり、テオドールがチラとレイヴンの顔色を伺う。
「テ、テオ!前、前見て!」
「大丈夫だろ。今、道は真っ直ぐだしな」
「そ、そういう問題じゃ……」
レイヴンの抗議を意に介さずにここぞとばかりにレイヴンに密着するテオドールに、レイヴンも動けないので、恥ずかしがりながら身体を預けるしかない。色々あったせいかテオドールの側にいると普段以上に安心してしまう自分もいて、自然とあがる体温を爽やかに吹き抜ける風が冷やしてくれるようにと願うしかなかった。
「なんだ?怖いか?」
「……いいえ。あまり乗ったことがないので緊張はしてますけど、テオがいるから大丈夫、ですよ?」
「そうか。やけに素直なレイちゃんだなぁ」
「ここで揉めて転がり落ちるのは嫌ですし、俺も……早く帰りたいなって」
素直なレイヴンに気を良くしたテオドールが、レイヴンの髪に唇を落とす。
レイヴンが慌ててそっと見上げると、額にもチュッと唇を触れさせた。
「だ、だから!前見てくださいって!俺、馬に落とされるの嫌ですからね?」
「早く帰って思う存分触りてぇー……帰ったら3日3晩はレイちゃんを愛でていいか?いや、それじゃ収まらねぇか?」
「ダメに決まってるでしょう?もう!欲求不満を爆発させないでください!」
「んなこと言ったってよ。お父上公認なんだからいいだろ?」
その言葉を聞いて固まるが、今は言うべき時ではないと。レイヴンも聞き流して雰囲気に少し寄り添ってみようかと、テオドールの腕にトンと頭を乗せた。
「……今はこのくらいで限界ですから。テオには感謝もしていますし、後は戻ったらということで」
「その言葉、忘れんなよ?楽しみだなァ?」
「あぁぁ……もう撤回したい気持ちになってきた……」
「撤回したら倍にして返してやるよ」
レイヴンのため息は、流れる景色とともにすぐに搔き消えてしまう。口では何とでも騒げるけれど、最近自分の気持ちも止められない気がして気恥ずかしい。テオドールに気づかれないようにと必死で平静を装っているが、そんなレイヴンに気づかないテオドールではなく。ニヤニヤしながら一応は見ない振りをする。
テオドールが馬の腹の圧迫を強めると、馬はまた速さを増していく。
並ぶ騎士2人も速さに合わせて駆け抜けていき、帰路は予想以上に順調に進んでいった。
+++
街に着いたのも昼過ぎで、馬を少し休ませるために小休憩を取ることになった。
相変わらず装備で目を引いてしまうが、そこは諦めて軽食をと食堂に足を向ける。幸い席は空いていたので4人で端の席へと腰掛けた。
「居着いちゃうと泊まりたくなりそうですから、本当に軽めにしましょう?テオドール様もお酒は控えて……」
「お前までレイヴンみたいなことを言うんじゃねぇよ。別にちょっと引っ掛けたところで対して変わらねぇよ」
「師匠がお酒を飲んだら、俺、ディートリッヒ様の馬に乗りますからね」
「俺は別に構わんぞ」
レイヴンの宣言にテオドールは分かりやすく舌打ちすると、運ばれた大人しく水を一気飲みする。そんな中、注文を取りに来た女性にサンドイッチとコーンスープを頼む。
「大の男4人で何か少食ですね。まぁ食べすぎてもって感じだしいいですけど。団長、足ります?」
「サンドイッチの間に肉が挟んであるだろうから問題ないだろう。飲まず食わずより断然良い。何か問題があるのか?」
「ウルガー……俺は何も言わないからな」
「まぁ、デカいヤツがお上品にサンドイッチ摘んでんのも変だよな。まぁ、俺はお上品だから構わねぇけど」
視線だけ流すがディートリッヒは軽口には乗らずに受け流す。テオドールはつまらなそうに両手を上げると暇つぶしに食堂で働く女の子を値踏みし始める。その様子にすぐに気づいたレイヴンが、テオドールの足をつま先で思い切り蹴り飛ばす。
「いってぇ!何だよ急に」
「いいから大人しくしていてください。全く……」
「ホント毎度毎度良くやるよな、この師弟は」
「テオドールが幼稚なのがいけないのだろうが、レイヴンも大変だな。疲れたら俺が代わりに殴り飛ばしてやるからな」
ある意味緊張感が解けている会話をしているうちに、サンドイッチが運ばれてくる。
肉や野菜が詰め込まれた簡単なサンドイッチだが、想像していたよりは重量感もあり美味しそうだ。誰から取るのかと少々お互いに見合っていたが、何気なくレイヴンに視線が集まった。
「……あの、皆さん食べないんですか?」
「いや、なんとなく。レイヴン待ち」
「たくさん食べろよ?足りなければ追加しても構わないぞ」
「だってよ。良かったなぁ?レイちゃん」
よく分からない優先順位に首を傾げながらも、レイヴンは遠慮なくサンドイッチを手に取り頬張る。シャキシャキとしたレタスとトマトが新鮮なようで歯ざわりが良く、少々固めのパンをふやかして食べやすくしている。自然と頬を綻ばせながら食べていると、皆も適当に手を伸ばして食べ始めた。
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