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105.帰還
お腹も満たされたところで馬も休息を追えたので、街を早々に後にする。
この後も一気に帰路を駆け抜けていく。
舗装された道を避け、少し外れた道を飛ばしていけば日が落ちる頃にはアレーシュの城下町が見えてくる。少しの間だったとはいえ、普段は魔塔に引きこもっていることが多いレイヴンは外に出て様々なものに触れたことは新鮮だった。城下町や近くの魔物の討伐は行くこともあったのだが、テオドールたちと一緒にというのが本当に珍しいことだった。
「なんだ、レイちゃん。感慨深そうな顔して」
「早く帰りたいと思う気持ちと、帰るのが勿体ない、みたいな気持ちとがあって。不思議な感じがします。俺、魔塔に入ってからはそんなに遠出することがなかったので、テオと一緒に行けたということが特に感慨深いというか、なんというか……」
「まぁ、今度どっかに遊びに行くか。今回は中途半端だったしなぁ。結局黒幕は現れやがらなかったし、俺としちゃ暴れたりねぇところだが。レイヴンのことが1番の収穫だな」
「そう、ですね。これも報告を……」
レイヴンが言いかけたところで、テオドールがレイヴンをさらに密着させて抱きしめる。
自分の胸に顔を押し付けさせてから、手綱を右手にまとめて持ち、左手で優しく髪を梳くように撫でる。
「な、なんですか?急に……って、片手で?確かにもう見えてきましたから、そんなに早く走らずとも大丈夫だと思いますけど……」
「ディーにも許可は取ったが、お前のことは陛下には言わねぇ。いつか言う機会もあるかも知れねぇが、余計なことは言わないに越したことはねぇからよ」
「え?でも……」
「ディーが頷いたんだから、問題ないだろ?」
戸惑うレイヴンにニィと笑いかける。テオドールのいつもの表情を見上げるとレイヴンも仕方ないな、という気持ちになってしまう。
「ディートリッヒ様まで……何か、俺のことをそこまで親身になって考えてもらえるなんて。申し訳ないなという気持ちと、嬉しいという気持ちが混ざってしまって。俺、どうしたらいいんでしょうか?」
「どうしたらって……甘えておけばいいんじゃねぇの?アイツは不甲斐ないだのなんだのと言ってたじゃねぇか」
「それはディートリッヒ様が実直な方であるからこそ……」
「別に、今まで通りでいいんじゃねぇの?俺としてはアイツにヘラヘラ擦り寄るレイちゃんはあんまり見たくはねぇけど。俺の前だけで微笑んでろっての」
テオドールが髪を梳いていた左手でレイヴンの頭ごと固定してしまうと、レイヴンは身動きが取れない。テオドールの体温と胸の鼓動を感じてしまい、気恥ずかしいのにやはり安堵感が上回る。煙草を吸っていないせいか、テオドール本来の香りにも包まれて自然と身体を預けてしまう。
子猫のように今自分に擦り寄ってくるレイヴンに、テオドールの方がもどかしくて堪らない。気を紛らわす煙草も仕方なく燃やしてしまってせいで、本当に予備もない。色々なことを受け止めたとは言え、まだどこか混乱しているレイヴンは普段以上に自分に触れることで安堵しているのが分かり、もっと、自分からも与えたくなる。
「……やっぱ着いたら覚えてろよ?」
「それ、盗賊とか山賊の捨て台詞みたいなんですけど。俺、この後どうなるのか不安になってきました……」
「不安なことはねぇだろ。ただ単にレイちゃんを全身全霊で可愛がりたいって言ってるだけなのによ」
「テオの可愛がるはちょっと意味合いが違うので。全ては否定しませんけど、耐えられる気がしないんですよね。俺が抑えなくちゃどうなるか分からないですし……全身全霊って。そういうのは違う場所で使いましょう?」
レイヴンは必死に流されないようにしているというのに、テオドールは明け透けで。欲求不満のせいなのか普段以上に隠そうとしない言動や態度に、レイヴンは自分も全て流されてしまいそうで、そうなったら色々と支障が出そうだなと考えを巡らせてしまう。
レイヴンの小さな悩みもテオドールにはお見通しであり、むしろ暫くはそれでいいとすら思っているくらいだ。まだ全てが解決していない以上安心はできないが、黒幕は実験を愉しんでいるような雰囲気がする。相手も物を試すならばもう少し効率の良いやり方をするはずだった。
2人がそれぞれ思いを巡らせている間に、アレーシュの城下町へと続く門まで辿り着く。騎士の2人は既に馬から下りていたので、テオドールが先に馬から下りると、続いて下りようとしているレイヴンに手を差し伸べたかと思うと、あっという間にそのままグイと引っ張って横抱きにしてしまう。ちょっと!と抗議するレイヴンを十分に愉しんでから、ゆっくりとレイヴンを地に下ろした。
レイヴンが生真面目に反応すると、分かった分かった、と適当な相槌が頭上から振ってくるのでため息を吐く。騎士たちと分かれて門を潜ると、見慣れた光景が目の前に広がりやはり安堵の気持ちへと変わっていく。
「……帰ってきたんだなって気がしますよね」
「そうだな。しみじみするのは後回しにして、行くぞ真面目な補佐官殿」
テオドールはレイヴンを引き寄せると、移動 で王宮まで飛んでしまった。
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