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132.腹は満たされても
お腹も満たされるとレイヴンの表情は明るくなり、逆にテオドールは当分ケーキを見たくない気分になって顔を顰めた。
「よくそんなに甘いもんばっかり食えるよなァ」
「好物だから食べられるんですよ。テオがお酒を飲みまくるのと一緒ですから」
「まぁそりゃそうだけどよ。似たもの同士とでも言う気か?」
「良かったじゃないですか。お揃いで」
レイヴンは白のテーブルナプキンで丁寧に口元を拭い、両手をあわせる。
テオドールは相変わらず行儀も悪く横柄な態度な癖に、レイヴンを眺める眼差しだけは種類の違う楽しそうなものだ。
赤の双眸は、目の前の可愛い恋人の一挙一動も見逃さずに捉えていた。
「……別におかしなことはしてませんけど。そんなに見られても何も出ませんからね?」
「そりゃあ出すのは俺だしな。金もアレも?」
「くだらないこと言ってないで、もう食べ終わったんだし出ますよ? 行きましょう」
「まぁ、機嫌も良くなったみてぇだし。帰ったら楽しみにしてるか」
ニヤニヤ顔のテオドールはさらりと会計を済ませ、外で素直に待つレイヴンの側にゆったりとした足取りで歩み寄った。
レイヴンがごちそうさまです、と、素直に礼を述べると、よしよしと満足げに頭を撫で回す。
その行為を恥ずかしがるレイヴンは、頬をほんのりと朱く染める。
テオドールが何か追撃を行わないうちにという気持ちの表れなのか、服の袖を引いて歩き出すように促す。
「そんなに引っ張らなくてもいいのによ。まぁ早く帰りたい気持ちは分からなくもねぇが」
「絶対に、俺が思っていることではない方向で考えてますよね?」
「そりゃあ、なんか悩んでるなら聞いてやろうと思ってな」
「悩んでません。気のせいですから。俺、絶対に違うって分かってますし。もういいんです……って……」
気づくとレイヴンの目の前に影が差し、唇に温かいモノが触れていた。
少しカサついているけれど、自分を執拗に求めて熱を与えてくるモノ。
いつも自分をかき乱すきっかけのテオドールの唇が触れていることに気づくと、慌てて両腕を伸ばして抵抗を試みる。
些細な抵抗はなんの意味もなさずに、ただ焦燥感が空回りする。
「……って、い、今。街で……外で。明るくって!」
「そんなに慌てなくても、誰も見てねぇし。というか、見えねぇし」
得意げに至近距離で笑うテオドールが親指で指し示す先には、不可視の膜が張られているのが分かる。
いつの間に張り巡らせたのか、二人の周りには認識妨害の膜が張られていた。
しかも、突然消えたと見せないようにという配慮のつもりなのか、揺らめく人の形の幻が見える。
ご丁寧にローブを纏った人物が二人。
よく知らない者が見れば見間違えるくらいに良くできた幻だ。
「またそういうことを……。こういう方向に無駄遣いしないでくださいよ。凄い、偉い、もう天才! ですから!」
「おいおい、雑すぎるなぁー。もうちょっと褒め方ってもんがあるだろが。ま、ココで遊ぶのはこれくらいにしてやるか」
そう言って頬をひと撫でして、指をパチンと鳴らすと景色はガラリと変わって魔塔の一室へと切り替わる。
またいつもの だと理解したレイヴンは観念して身につけていたローブとベルトを外して衣紋かけへと丁寧にかけていく。
諦めて、テオドールの自室のソファーへと腰を落とした。
「なんだ、ケーキをあれだけ食ったくせにもう不機嫌か?」
「不機嫌ではないですけど……そこまで言わせたいかなと思っただけです」
「気になるから聞きたいんだよなァ?」
「大したことないですよ。言うほどでもないし、違うって分かってることですからその……」
テオドールは、レイヴンが話している間に適当にローブを脱ぎ捨てた。
そのローブを拾おうとしたレイヴンの手を掴んで手の甲に唇を押し当ててくる。
先程の余韻を思い出したレイヴンが頬を染めると、ちゅう、と吸ってから手をやんわりと離す。
「そ、そういうこと、よく素でできますよね!」
「別に大したことしてねぇだろ? さっきは唇だったしな。ま、過剰に意識してくれるのは悪くねぇな」
満足げな笑みにレイヴンが少々悔しそうな顔をしてソファーにボスン、と、座り直した。
床を見ると、はぁーっとため息を吐く。
テオドールは邪魔な装備もろもろを床へと置いて、胸元の革紐の結び目を寛げる。
そのままソファーへと乗り上げて、レイヴンに反論させる間も与えずに身体を押し倒した。
ギシ、という音が耳に届く。
レイヴンは、この体勢だと自分ではどうすることもできないのを、十分すぎるほど理解していた。
ただ、目の前にある小憎たらしい赤い瞳を、負けじと見つめて睨むくらいしかできない。
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