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152.一時の休息

神殿に足を踏み入れ、廊下を進んでいく。謁見室ではなく自室にいると聞いたレイヴンとテオドールはレクシェルと共に謁見室の更に奥へと続く扉前までやってきた。 レクシェルが扉を叩くと同時に扉が開かれて、ローブ姿ではない、シンプルな白のシャツとパンツを身に着けたクレインが姿を現した。 「あぁ、すまない。少し休んでいたものだから。よく来たな、レイヴン、テオドール」 「お休みのところすみません、お父さん。少し心配なことがあって……」 「へぇー。そういう服も着るのかよ。まぁ、上から被るローブってのは俺も好きじゃねぇし」 テオドールの指摘が意外だったのか、クレインが微笑する。2人を部屋へと招き、礼をするレクシェルに頷きを返し扉をしめた。 「レイヴンが中に入ったことはすぐに気づいたのだが、精霊と会話をしていてな。このような格好のままで客人を向かい入れることを許して欲しい」 「気にすんなって。俺らも戦闘後にそのまま押しかけてるしな。それより、精霊と話ができるようになったっていうなら、もしかして異変も分かるのか?」 室内にある木製の椅子を勧め、クレインはレクシェルと同じようにお茶の準備をする。どのようなときでもまずはお茶を淹れる習慣があるのかと、その姿を見ているとレイヴンと重なる。テオドールがおかしそうに笑うとレイヴンが横目でテオドールを見て眉を潜めた。 「何笑ってるんですか?しかもいい笑い方じゃないほうですし」 「別に。エルフってのはお茶を淹れるのが好きなのかって思ってな。人間も、もてなしはするが必須ではないだろ?切羽詰まった話をしようとしたら茶なんか飲まねぇし」 「いつも自然にしていたから気づかなかったが、そういうものなのか。レクシェルとも話をしたようだからその時も振る舞われたということか」 にこやかに気にした様子もなく慣れた手付きで2人の前にカップを並べる。レクシェルのところで飲んだお茶ともまた違い、花びらが浮かんだお茶は甘い香りがして鼻孔を擽る。 「焦らず一旦落ち着くことも大事だと、先程教えていただいたばかりですから。それにしても、とても甘い香りが……」 「これは蜜茶だ。花の蜜をたっぷりと淹れたお茶なのだが、口に合うと良いが」 「ぁー……俺はそこまで得意でもねぇが。寛ぐには良さそうだ」 テオドールは少しだけ口づけたが、甘っ!と、カップの中を覗き込む。 「テオは甘いのは得意じゃありませんから。俺は……好きです」 花開くように笑うレイヴンにテオドールも毒気が抜かれて、そうかよ、と、ちびちび甘い蜜茶を飲む。 「別に無理して飲むものでもないからな。それで、2人が来た理由は例のことだな。こちらでも調べてはいるが、付近には怪しい気配はない。精霊でも気づけないような異変であればまた精霊と会話することもできなくなってしまうから、この里の近くではないだろう」 クレインが告げた言葉にレイヴンが良かった……と、ホッとした表情を見せる。隣で足を組み直したテオドールは少々考え込んでから口を開く。 「それなら何よりだ。方角的にコッチの方で魔力(マナ)の流れがあるのが分かったんで来てみたんだが、召喚陣がこの辺りにまた描かれている形跡は?」 「それはない。以前あったところも念入りに見回っているが、我々の目の届く範囲ではない。ただ、加護が届かない場所では精霊も力を発揮できない」 「加護、ねぇ……届かねぇとしたら、俗に言うアレか」 「あぁ。魔の森。魔族がいるとされる場所だ。魔族も常に対立して戦争をしたい訳ではないから我々とも基本は不可侵だが、ヤツらは気まぐれ。約束などあってもないようなものだ」 魔族という言葉にレイヴンの表情が引き締まり、カップをテーブルに置くとそのまま俯いて考え込む。

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