160 / 207

158.目の前の敵よりも大切な存在

 目の前の二人組は辺りを見回しながら、互いに好き勝手にぶつぶつと独り言を言い始めた。  テオドールとレイヴンの姿は、認識妨害のおかげで怪しい二人組からは見えない。  静かに様子を窺っていると、白髪の男が興奮気味に魔物使いへ話しかけた。  「アイツは嫌味なヤツだが、コッチに興味があるうちに付き合ってもらわねばならない。飽きられてしまえば終わりだ」 「この氷は簡単には溶かせそうにない。あの方ならば溶けるだろうが、兄弟が最後に交信してきた時に言っていた魔法使いの仕業に違いない。アイツがココに来たのならば、ココは捨てて別のところに……」  緊張するレイヴンを柔く抱きしめながら、テオドールは耳を傾ける。  白髪の男は興奮しながら、魔物使いへ苛立つように話を続けていく。   「何個も魔法陣を壊されて、私の研究成果も破壊されているのにか? なんということだ!」 「あぁ、だからこそ移動した方がいい。次の機会もあるだろう? 一旦冷静になれ。今ならまだ……」  黒いローブの男が背を向けた瞬間に、テオドールがレイヴンに目配せをする。  仕掛けようとする意思を受け取ったレイヴンが素早く認識妨害だけ貼り直す。 「――雷の鎖(サンダーチェイン)」  テオドールが言葉を紡ぐと、鎖が男たちへと伸びて有無を言わさずに人を拘束する。  雷を帯びた鎖が身体の自由を奪い、顔から下だけが動かせない状態になった。 「なっ……何が起きたのだ!」 「チィ。やはり入り込んでいたか、魔法使い。しかし、口だけ動くのならば……」 冷静な魔物使いと思われる男の方が、口笛らしきものを吹こうとしたのを見逃さずにテオドールが更に魔力(マナ)を流して動きを遮る。 「ッグ……」 「そっちのお喋りなヤツに喋らせれば問題ねぇよな?」  鎖は伸びているが正確な場所を分からせないまま、流す魔力(マナ)の量だけうまく調節して尋問を開始する。  荒い息を何度も吐く白髪の男に的を絞ると、頭上から声を浴びせかける。 「で、アンタは何者だ?ココで何をしてた?」 「フフ……知りたいか?」 「クッソ、おい馬鹿主、余計なことを……ック!」 「お前は黙ってろ。どうせ大して喋らねぇんだからよ。自慢の研究とやらを見せたかったのか?にしても、これだけの設備は相当金がかかるよなぁ?」  テオドールは相変わらずの飄々とした口調だが漏れ出る魔力(マナ)は濃く、慣れているレイヴンですら肌がひりつく。  ピクリとも身体を動かせない男たちはその圧に息すらまともにできずにゼェゼェとしていた。 「フン……金などコイツが、稼いでいる……私の、偉大な……研究は……」 「何が偉大だよ、ったく。クソ面倒臭ぇな。お前の自慢話なんかどうでもいいんだよ。それより、裏で誰が噛んでるんだ?やはり――」  テオドールが言いかけたところで、洞窟の中の空気の流れが変わる。  まるで、全ての時が止まったような瞬間―― 「レイヴン!」 「えっ?」  テオドールは行使していた魔法を全て解いてレイヴンを自分の懐に抱え込む。  驚いたレイヴンも詠唱が途切れて二人の姿がその場に露わになった。  テオドールとはまた別物の力は息苦しささえ覚えるほどで、テオドールの表情からレイヴンも察してしまった。  危惧していた者に出会ってしまったことに―― 「愉しそうな気配を感じて来てみれば。成程。そちらの人間は……混じり者か」 「嫌なところで現れやがって……お前、レイヴンに触るつもりだっただろう?」  何者か分かった上で違う意味の敵意を燃やすテオドールに、レイヴンも怖さとともに嬉しいような不思議な気持ちも感じる。  尋問よりも何よりも自分のことを誰にも触らせたくないという強い執着心に、今は緊張と共にドキドキと胸が高鳴る気がした。  本来はこの場にいることすら恐ろしく威圧感に押し潰されそうなのに、テオドールの存在はレイヴンを落ち着かせる。

ともだちにシェアしよう!