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159.愉しみを求めてやまぬもの

「その者が大切か? 確かに黒髪は珍しい。我らとて見目が良い者は贔屓するが」 「美的感覚が人間に近いとは、初めて知ったぜ。で、アンタは何しに来たんだよ。まさか尋問する前に姿を現してくれるとは思ってなかったがな」  テオドールとレイヴンの目の前に現れたのは、長い黒髪を一本に結って流し、スラリとした手足と色素の薄い仄白い素肌を持つ、恐ろしい程に美形の男だ。  黒を基調とした貴族が着るような燕尾服はツタのような銀の刺繍模様が施され、首元は白のジャボと呼ばれるひらひらとしたレースで飾られている。  中のシャツは滑らかな素材の黒で似たような薄青のツタ模様で描かれており、品は良いが派手にも見える。  スッと細められた血のような紅の瞳に魅入られてしまうと、動けなくなりそうな眼力があった。 「このような暗いところで決着をつけてしまうのも面白くないのでな。もっと良き舞台を用意しようではないか。どうだ?」 「さすがは魔族、自分勝手で気ままな野郎だな。そこに転がっているヤツらは人間側として始末する必要があるんだがなァ」  テオドールは一歩も引き下がることもなく、レイヴンを片腕に抱いたまま不敵な表情を崩さない。  魔族は実に愉しそうにフワリと笑う。  その愉悦の表情は美しく恐ろしいほどに寒気がし、レイヴンの背中に嫌な汗が伝う。 「随分と野蛮なことを言う。お前の攻撃的な魔力(マナ)は嫌いではないが、顔は好みではない。まぁ……愉しませてくれれば別に構わないが」 「ったく、魔族までレイヴン推しかよ……これだから美形は」 「い、今そういうことを言いますか?」  魔族と対峙している間に転がっていた男が起き上がろうとするが、気付いたテオドールが再度魔法を唱えようとする。  会話の邪魔をされたのが気に食わなかったのか、魔族の方が転がる人間を覇気で抑えつけた。 「っぐぅ!」 「お前は本当に可愛げがない……白髪は盲目的だからいいが、今、私が話しているのに邪魔をするな」 「我々を、助けるつもりならば、素直に助け……う、うぅ……」  白髪の男がむせながら訴えるが、その訴えは黙殺される。  それよりも今は目の前の魔法使い二人に興味があるようだった。 「俺はソイツをぶちのめす理由があるんだよなァ。さっさとコッチによこせよ」 「それは聞けない。大人しく誘いを受けて欲しいのだが。その方が面白い」  冷静に話しているように見えるが、二人の間の空気はピリついており一触即発の様相を呈してきた。  レイヴンが不安そうにテオドールを見上げる。 「このような狭苦しいところでやり合うのは、お互いやりづらいのではないか?お前は見たところ派手な魔法が好きそうだ」 「……当たってる」 「おい、そこに反応している場合じゃねぇだろ」  魔族は素直な感想を漏らしたレイヴンに気を良くし、クツクツと愉快そうに笑う。 「怖がっていたかと思えば。不思議なものだ。その人間の傍にいるのは安心か?」 「……」 「心配しなくとも、この場で暴れる気は無い。ただ、興味が湧いただけだ。そうだな……お前たちがこの話に乗るのならば、この人間たちが好き勝手しないよう、誓いをたててもいい」  魔族の意外な提案にテオドールの眉がピクリと跳ねた。  高圧的で勝手な言い分に、地べたの二人組は文句を言いたそうな顔で必死にバタついている。 「……チッ。俺がソイツらを断罪できる場が用意されるのなら、考えてやってもいい。後、面倒だから俺らの国の周りでチョロチョロと汚い真似をするのはやめてもらう」 「テオ! そんな、簡単に……」 「別に暇潰しが出来れば構わない。まぁ、この二人にも機会は与えてやらないとな。この魔法使いを打ち倒すことができれば、お前たちにまた技術を提供してやってもいい。これなら構わないだろう?」  魔族が足元に視線を向けると、不満そうだったが白髪の男も渋々頷いて納得したようだ。  隣の魔物使いも、目を閉じて何も言わなかった。

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