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160.赤の誓い

 魔族は地べたに突っ伏したままの二人を、嘲る(あざけ)ような態度で見下ろす。  まるで虫けらでも見るような視線は、自分が優位だと言わんばかりだ。 「自分の力を見せつけたいのならば、せいぜい足掻くことだ」  魔族はテオドールとレイヴンへ愉しげな笑みを向けてくると、大仰な身振りで両手を広げた。 「お仲間とやらを連れてきてもらっても構わないが、雑魚には用がない。それなりの力を持った者は歓迎しよう。暇を持て余している同胞が何人もいる」  テオドールは魔族とは遊び足りず自分の強さに自信があるからこそ、空虚な時間を埋めてくれるような強者との戦いに飢えているのかもしれないと思案する。 「皆、退屈しているのでな。条件を満たしてくれればお前たちが関わるものへの手出しはしない。ここまで譲歩する魔族はいないと思うが?」 「イイ話にはウラがあるんだよ。仕方ねぇ。言いなりになるのは癪だが、ここで本気でやりあって生き埋めになりたくはねぇし。誓いをたててもらおうか」 「そんな、勝手に恐ろしいことを決めて……どうするつもりですか?」  テオドールは抗議してくるレイヴンの頭をポンと撫でると、不敵にニイと笑って見せた。 「ココでケリをつけたかったが、場所が悪いのは事実だ。それに、アイツらの息の根を止めたいが魔族が邪魔してくるとなると、気に食わねぇが提案に乗るしかねぇ」 「それは……そうですけど、でも真正面から魔族とやり合うだなんて!」 「まぁ……なんとかなるだろ。念の為、ディーも巻き込むつもりだしな。陛下も被害が抑えられるならば文句は言わねぇだろ」 「また無茶苦茶なことを言って! でも、テオに何かあったら……」  魔族はテオドールとレイヴンが話している間も、ゆったりと待っているような素振りを見せて意味深に笑む。  強者の余裕を見せつけるように顎に手を当てて考え込むような仕草で、レイヴンの方に顔を向けた。 「もう少し魔族らしく脅した方がいいか? では、提案を飲まなければ今すぐこの辺り一帯を火の海にするのはどうだ? 確か近くにはエルフが住んでいた集落が……」  魔族の言葉を聞いたレイヴンの顔面から、一気に血の気が引いていく。 「なっ……!」 「お前、ハーフエルフだろう。同胞が無惨に殺されるのはさぞかし困るだろうな。あまり野蛮な手段は好まぬが、出来るとだけは言っておこう」  真に受けたレイヴンを庇うようにテオドールが自身の腕の中に閉じ込めると、長く息を吐き出す。 「な? 面倒なんだよ、こういう輩は。気分で何をするか分かるもんじゃねぇ。ムカつくがコイツはまだ物わかりが良さそうだから、妙なことを言う前に手を打った方が早い」 「テオ……」  魔族の言動に振り回されるばかりで今は何もできない歯がゆさと苛立ちを抑え込み、レイヴンを安心させるように背中を撫でる。  動揺し僅かに震えていたレイヴンも、撫で続けていくうちに静かに深呼吸し始めた。 「分かりました」  レイヴンは必死に声を絞り出し、テオドールに顔を向けて小さく頷いて見せる。 「準備が整い次第、使いを出そう。久々の余興だからこちらも愉しみたいのでな。お前の名で誓いを立てよう。名前は?」 「テオドール。テオドール・バダンテールだ」 「テオドールか。分かった」  魔族は微笑すると、得意げな表情で宣言し始める。 「――テオドール・バダンテール、お前と誓いを交わそう。我はお前たちを招待するまでに、お前たち人間の周辺に一切の手出しをせず、災厄をもたらさない。この2名の人間が余計なことをしないよう、我が見張っていよう。その代わり、お前たちには我らの愉しみに付き合ってもらう。我が名はハーゲンティ。誓いを破れば、互いに命をもって償うことになるだろう。――では、また会おう」  空中で赤い文字がスラスラと踊ると、そのままテオドールの手に吸い込まれる。  驚くレイヴンの目の前で見たこともない赤の文字が明滅し、テオドールの手の甲へと刻まれる。  無事に吸い込まれて行くのを確認するとハーゲンティと名乗った魔族は満足気に笑んで、地べたの人間ともども姿を消してしまった。 「テオ! 痛くないですか? 大丈夫……」  レイヴンが言葉を言い切る前に、テオドールは両手で頬を捕まえてそのまま口付ける。  突然のことにレイヴンが目をパチパチとしているのを見遣り、更に舌を差し入れた。

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