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174.闇よりの使者

 テオドールはテラスに出て煙草をふかす。  じっとりとした不快な感覚が結界の傍でこちらを窺っているせいで、いつもなら美味いはずの煙草の味は全く美味しく感じない。 「折角のイイ気分をぶち壊しにくるのが趣味なのか? 結界すり抜けるんじゃねぇよ」  テオドールが不機嫌な声で夜の静かな闇に話しかけると、フッと、黒猫が現れてテラスに降り立った。 『良く分かったな。準備が整ったので報せにきたのだが』 「あと少し早くきてたら全力でぶちのめすところだったがなァ」  口調はいつもの口調だが、何者か分かっているテオドールは喋る不可思議な黒猫を魔力(マナ)で威嚇する。  テオドールの魔力(マナ)を浴びても、黒猫はビクともせずに話を続ける。 『そんなに嫌ってくれるな。すぐとは言わないしもう少し猶予は与える。だが、なるべく早く来てもらわないと、中には血の気が多いのも混ざっているのでな。場所はまた追って伝える』 「こんな真夜中に来るんじゃねぇよ。たまたま起きていたからいいようなものの、普通は寝てるんだよ、人間は」 『お前は普通じゃないから起きているのだろう?』 「うるせぇな。分かったからさっさと失せろ。場所は俺が一人のときに聞いてやる。そんなにお待たせせずに行くって言っとけ。暇なヤツらだな」  テオドールがシッシッと手を振るとニャアと鳴いて、黒猫は夜の闇へと溶け込んで消えてしまった。 「ったく、これだから空気が読めねぇ野郎は。折角最高の気分だったのによ」  魔族がわざわざ知らせにきたということは、戦いの日が間近に迫っているということだ。  気怠げに煙を吐き出し、闇夜に燻らせる。  結界をあっさりと通り抜けるような連中とやり合うということは、かなり危険な戦いになるのは間違いないのだろう。 「だからといって、むざむざ負けるような俺じゃねぇが。万が一も一応は考えておかねぇといけねぇか。どっちにしても、レイヴンだけは……」  一服し終えると、吸い殻を魔法で燃やして室内へと戻る。  スヤスヤと寝息をたてて眠っているレイヴンを愛おしげな視線で見つめていると、テオドールの気分も自然と落ち着いてくる。  愛しいレイヴンの隣に戻って、指先で頬を撫でる。 「お前は何も心配するなよ。何があっても守ってやる。何が合っても必ずお前の側に戻ってくる」  誓うように呟き、レイヴンの額に唇を落とすと身体を横たえて温かい身体を抱きしめる。  先程の胸糞悪いやり取りは一旦忘れることにして、テオドールも目を閉じた。 +++ 「テオ、テオ、起きてください。朝ご飯作りましたから……」 「ん……あぁ、ねむ……」  レイヴンは大あくびをして起きる気配をなかなか見せないテオドールに焦れて、身体をゆさゆさと揺すってくる。  テオドールはあまり熟睡できなかったのだが、レイヴンの頼みとあらば目を開けて意識をゆっくりと起こしていく。 「随分張り切ってんじゃねぇか。身体は平気なのかよ」 「……べ、別に普通に動くくらいなら。だるいですけど……これくらいは別に」 「そりゃあ、良かった」 「テオこそ、何だか眠そうですね? 今そんなに早い時間でもないのですが」  朝早くという訳でもないらしいが、昼という訳でもない。  テオドールもレイヴンが普段からかなり早く起きているのは知っていた。  真面目な弟子と比べれば起きる時間に二時間くらいは差があるだろうから、急かされても仕方ない気はしていた。 「で、何を作ってくれたって?」 「大したものではないですけど、サラダとパンと目玉焼き。後はとうもろこしのスープです。珈琲を淹れたので座ってください」 「随分気が利くじゃねぇか」  テオドールはニィと笑ってもう一度欠伸をして、のそっとベッドから起き出すと食卓へついた。

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