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175.打って変わって穏やかな朝

   レイヴンはテオドールが座るのを見届けてから、向かいに腰掛ける。  真面目な弟子は小声でいただきますと呟いて両手を合わせると、カップを手に取った。 「……テオ、昨日眠れなかったんですか? いつもより眠そうな気が……」 「まぁ、久々に盛り上がったしなァ」  テオドールはニィと笑ってレイヴンを見遣る。  レイヴンは、かぁっと頬を赤くして分かりやすく反応を返してきた。 「人が真面目に聞いてるのにまたそういうことを……心配した俺がバカでした」 「……バカじゃねぇよ。よくそんな些細なことが分かるよなぁって思っただけだ。しっかし珈琲淹れるのもうまくなったよなぁ」 「毎日のように見てれば何となく分かりますよ。別になんでもないのならいいですけど。珈琲は誰かさんがうるさいので自然と。ほら、ちゃんと野菜も食べてくださいね?」 「あぁ? 野菜は別にいらねぇけど。ぁー、分かったよ。食べさせてくれたら食べてやるから」  レイヴンは嫌がる俺にニコっと笑いかけると、思い切りフォークにさした葉物をテオドールの口に押し込んできた。  可愛くない弟子の優しさの欠片もないやり方に、いつもはふてぶてしい師匠も少し驚いてむせた。 「おっまえなぁ!」 「はいはい、いい年なんですから好き嫌いせずに食べましょうね。可愛い弟子が作ったご飯が食べられないだなんて、そんなこと師匠は言いませんよね?」 「こういう時だけカワイコぶりっ子するんじゃねぇっての」 「テオー。俺の料理……食べてくれますよね?」  レイヴンは机に両肘を置いて、テオドールをじっと見つめたまま視線を外さない。  きゅるんと音が鳴るような、可愛らしさを込めた表情を作りあげてくる。  テオドールはレイヴンの顔に弱いことを自覚しているので、ワザとだと分かっていても従うしかなくなってしまう。  頭を掻いて仕方なく野菜を噛み砕いて咀嚼し始める。 「ふふ……ほら、食べられるじゃないですか」 「可愛い弟子は師匠を脅したりしないだろうが。普段から可愛く話しかけてくれりゃあ言う事を聞いてやるのによ」 「……嘘つき。俺が頼んだって自分のやりたいことを優先するくせに」 「それは時と場合によるだろ。まぁいいや。折角作ってくれたもんは残したりしねぇよ」  テオドールは両手を上にあげて降参の意を示すと、大人しくサラダにも手を付けて静かに食べ進めていく。  レイヴンは俺が素直にサラダを食べるのを見てご満悦らしい。  楽しそうに俺へ笑いかけてから、ゆっくりとスープを飲んでいく。  +++  レイヴンはテオドールを見ながら、こんな穏やかな朝が毎日迎えられたらいいのにと願う。  テオドールは何も言わないが、たぶん何かあったのだろう。  ――そんな気がするから。  今はまだこの小さな幸せを大事にしたいと、心の中で思いながらパンを齧る。 「ったく。お前もすぐ顔にでるよな。心配するなって。後でちゃんと説明してやるから、今はうまいメシを食っちまおうぜ」 「……はい」  テオドールの言葉に素直に頷いて、レイヴンも今は深く考えることをやめる。  この時間を、楽しく過ごすのが一番だ。  テオドールと一緒にいられることが、嬉しいのだから。

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