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187.補佐官がいない部屋

   テオドールは今日も自室の机の前で煙草を燻らせて思案していたが、今一歩のところで頭に浮かんだものが消えてしまう。  魔塔主様とあろうものが情けないと心の中で思い、自然と眉を顰めていた。  煙草を摘まんで灰皿へと押し付ける。  火が消えたところでテオドールの気持ちが落ち着く訳でもなく、考えることを一旦諦めて立ち上がった。 「……チッ。どこまでも空気の読めねぇヤツ」  テオドールは立ち上がったのと同時に部屋の外の結界に人が触れたことに気づき、一番会いたくないヤツだろうと察してしまう。  案の定すぐさま、扉を叩く音が聞こえてきた。 「テオ、いるんだろう? 大人しく出てこい」  相手の言い方はまるで脅しのようだと思ったが、さすがのテオドールも今はやり合う気力すらない。  しかしテオドールがこのまま無視を決め込んでも、扉の前の人物は扉を壊す勢いで叩き続けるだろうということは重々理解していた。    テオドールは面倒臭いと言わんばかりの表情で頭を掻きむしってから、仕方なく扉を開けてやる。 「いるならすぐ出てこい。それと……む、煙いな。部屋の喚起くらいできないのか?」 「うるせぇな。騎士団長様がわざわざ俺の自室までお越しとはな。俺はお前に呼び出されるようなことは何もしてねぇんだが」 「そう言うな。レイヴンがいなくなってから、お前のことが気になってな」 「はあ? だから、お前は俺の母親かっていつも言ってるだろうが。いい歳したおっさんの心配してどうするんだよ気持ち悪ぃな」  部屋に入ってきたのは騎士団長のディートリッヒだった。  見たくもない顔なんて見ていると、テオドールはますます疲れが増してくる気がする。  テオドールがシッシッと手で払っても、ディートリッヒは出ていく素振りも見せない図太い神経の持ち主だ。  それどころかズンズンと部屋の中に入って来て、いきなり窓を開け放った。 「おい、馬鹿! 急に窓なんぞ開いたら資料が飛ぶだろ? って、あー……遅かったか」 「俺は空気の入れ替えを……あ」  誰の言うことを聞きもしない脳筋は、テオドールが書き溜めていた資料も吹き飛ばしてしまった。  テオドールが咄嗟に結界を展開しなかったら、窓の外にも吹き飛んでしまったかもしれない。 「すまない、部屋の汚さに耐えられなくてな」 「あのなぁ。おせっかいされるのもうぜぇが、せめて周囲の状況を確認してからにしろ。これだからウルガーがいつもぶつぶつ文句を言ってるんだろうが。騎士団長はいつも周りを何も見てないってな」 「それはそうだが、テオに言われると物凄く腹が立つな。お前は頭もボサボサで髭の手入れも怠っている。あげくの果てに部屋は空の酒瓶と紙屑だらけ。そこら中に煙草の煙を充満させているヤツに言われるのは屈辱的だ」 「ディー。お前、本当に何しに来たんだよ。俺の神経を逆なでしに来ただけなら今すぐ帰れ。俺はこう見えて忙しいんだっての」  テオドールがディートリッヒにも分かるように言い放つと、漸く彼も聞き耳を持ったらしい。  ディートリッヒは長く息を吐き出してから、無言で部屋に転がっているゴミだけを片づけ始めた。 「実はレイヴンに頼まれたんだ。暫くしたらテオの様子を見に行ってほしいとな」 「レイヴンが? なんでお前に」 「最初はウルガーに頼もうとしたらしいが、テオが不機嫌だった場合ウルガーでは太刀打ちできない可能性があると言ってな。俺なら抑えてくれるだろうと」 「アイツも俺のことを何だと思っていやがるんだ。レイヴンがいなくなったくらいで暴れまわるとでも思ってんのかぁ?」  テオドールは鼻で笑ったが、ディートリッヒは来てみて良かったと苦笑しながら呟いていた。  レイヴンも余計な頼み事をしていったもんだと、テオドールは自然と苦い表情になっていく。

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