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189.剣を持て

   テオドールが魔法で素早く訓練場までディートリッヒを連れて来たが、彼は移動(テレポート)で酔ったと言いながら暫くふらふらしていた。  テオドールは情けねぇと言い放って、胡乱な目を向ける。 「いつまで休んでんだよ。俺の魔法はタダじゃねぇってのに。顔青くしやがって」 「煩い。魔法使いとは違って、地に足が着かないというのは気分が悪いんだ」 「馬だって足は地に着かねぇし、お前がひ弱なだけだろ。俺は酔ったからって、手加減しないからな」 「手加減などされては困る。いくらテオが規格外でも剣での勝負なら俺に分があるからな」  ディートリッヒの言い方はテオドールにとって腹立たしいものだった。  だが、テオドールはバカ正直に剣で勝負を挑む気なんてさらさらなかった。  ディートリッヒの剣を同じく剣で受けることはしたくないと考えていたからだ。 「さっきも言ったが、俺はこぶしでいく。スカっとしたいだけだしな」 「それは訓練ではなくただの憂さ晴らしだな。気持ちは分からんでもないが、昔は共に剣を交えたというのに。まさか俺とやり合う自信がないのか?」  ディートリッヒが、やたらと挑発するように畳みかけてくるのは何故なのだろうか?  テオドールは思案するがスカっとするどころか、イラっとするだけだ。 「騎士団長様ともあろうお方が、性格悪ぃな。か弱い魔法使いを煽ってくるとはなァ?」 「どの面下げて言っている。それだけガタイの良い魔法使いなら問題ないだろう。いいから構えろ」  ディートリッヒがテオドールに剣を持たせたいのか、結局分からないままだ。  テオドールは子どもの頃に剣術も習っていたため剣で戦うこともできるのだが、だからといってこの年になるまで剣一筋のディートリッヒと比べれば分が悪い。  ディートリッヒは無意味に人を煽る人物ではないため、テオドールも何かしらの意図があるのかもしれないと感じていた。  だとしても、脳筋だと思っているディートリッヒの考えていることは意味不明だった。 「面倒臭すぎるだろ。何をさせたいのか知らねぇが、さっさと終わらせるぞ」  テオドールは訓練用の剣を手に取って、仕方なく構える。  目の前のテオドールが剣を構えたのを見たディートリッヒも満足げに頷いて見せて、同じく剣を構えた。  テオドールは自分が手ひどくやられてしまうことがあれば、後で魔法も使って徹底的にディートリッヒを潰してやろうと心の中で密かに誓う。 「こうやって手合わせするのはいつ以来だろうな」 「さあな。戦争が終わってからはやりあった記憶がねぇし、ウン十年ぶりとかじゃねぇの?」 「そうか。テオは真面目に訓練していたならば騎士として活躍できる実力はあったはずだからな」 「何年前の話をしてるんだよ、気持ち悪ぃな。お貴族様の決まり事で剣術も習ってただけだ。元々そこまで剣に興味なんてねぇよ」  ディートリッヒの家は代々騎士団長を輩出しているが、バダンテール家は優秀な人物が国の中枢へ食い込めればそれでいいという教えで特に職は決まってなかった。    テオドールの父親に当たる前当主は、プライドの高い人物だった。  自分の跡取りは何事も完璧にこなして当然で、出来損ないは一族の恥だと言い放つような人間だ。  それが家のため厳しく接していると言えば聞こえはいいが、前当主は自分のできないことを全て跡取りへ押し付けて威張っているクズだとテオドールは常々思っていた。  自分は甘い汁を吸い続け汚いことは下々の者にやらせて荒稼ぎし贅沢三昧、気に食わないことがあれば弱者に暴力を振るっていたのを目の当たりにしていたからだ。  テオドールは息子として、父親らしい愛情をかけてもらった記憶はなかった。  ある意味貴族らしいかもしれないが、いけ好かない人物なのは間違いないのだろう。  テオドールにとっても正直、思い出したくもない苦い記憶だった。    昔の話は置いておいてもバダンテール家は元々金の流れで裏から国を支配する家であり、本来は習い事系も全て嗜み程度でいいはずなので剣術もあまり意味はないと考えていた。  どちらにしても、今のテオドールにとっては関係ないどうでもいい話だ。

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