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195.演技する師匠と気づかない弟子
お互いに積もる話もあるし、テオドールはまずレイヴンをソファーに座らせて自然な形で話を聞くことにした。
珈琲を淹れて、カップをレイヴンの目の前へ置く。
レイヴンは風の精霊王とやらの祝福を受けて特訓していたらしい。
精霊王にまで好かれるとは、これだからレイヴンは油断ならないとテオドールは心の中で舌打ちした。
「レイちゃんが強くなってくれるのは師匠としては喜ばしいことなんだが、精霊王までレイちゃんを渡さないとか言ってこないだろうな?」
「シルフィード様はそんなこと言いませんよ! 俺のことを気にかけて下さって……父さんも昔祝福を受けたそうなので、親子でお世話になっているんです。変なことを言わないでください!」
「とはいっても精霊だろ? 何の気まぐれを起こすか分かったもんじゃねぇからなぁ」
「テオと一緒にしないでください。それで、テオはまた新しい魔法を考えていたんですか?」
部屋中に資料が散らばっていたし、レイヴンなら見れば大体何をしていたか通じるはずだ。
テオドールは、そうだと頷く。
「サボらず真面目にやってた俺を褒めていいぞ」
「子どもじゃないんだから……あー、はいはい。よくできましたー」
レイヴンは棒読みでテオドールの頭をポンポンと撫でてくる。
レイヴンはどうあってもツンから入らないとダメみたいだと、テオドールは察してしまった。
少しは自分のことを労って欲しいのに、ままならない。
「レイちゃんってば、つめたーい」
「う……気持ち悪い声で言わないでください」
テオドールが使うのはいつも同じ手だが、レイヴンには泣き落としが一番通じる。
仕方なくテオドールから甘えるしかないのだろう。
「俺はこんなに寂しかったってのに。寂しいのは俺だけか?」
「だから、気持ち悪い声を……って。テオ?」
無言でレイヴンを引き寄せ、抱きしめる。
レイヴンの方に顔を埋めてみると、レイヴンが困惑しながらテオドールを抱き返してくるのが分かる。
これなら自然に優しくしてくれそうだなと、テオドールは心の中でほくそ笑む。
「だから、頑張った俺を褒めてくれって」
「はあ……仕方ありませんね。テオ、頑張りましたね。って、これは普通弟子がするのではなく師匠がすることだと思うんですけど……」
口では文句を言っているが、レイヴンはテオドールの髪を何度も撫でて優しく抱きしめ返してくる。
テオドールはこの素直なレイヴンが見たかったのだ。
心の中の気持ちが漏れないように、なるべく情けない声色でレイヴンに更にしがみついてみる。
「分かってる。だけどな、俺は立場上誰かに心の内を伝えるっていうのも難しい。だからこそ、ついレイちゃんに甘えたくなっちまうんだよな。情けねぇな、少し離れたくらいで弱音を吐いちまって」
「いえ、それだけ俺のことを信頼してくれているってことですし嬉しいですよ。やっぱりテオには俺がついていないとダメですね」
クスクスと笑う声が聞こえてくるが、関係ない。
これなら、レイヴンにテオドールが何をしても許してくれそうだ。
テオドールは暫く抱きしめてもらったあと、名残惜しそうな演技をしながらゆっくりと身体を離す。
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