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208.聖女と補佐官と気に食わない魔塔主
テオドールが防音結界を張ると、レイヴンが頷いて口を開く。
レイヴンを見て察したのか、聖女も少し真剣な表情をレイヴンへ向けた。
「聖女様、俺は精霊の力が使えます。ですが、このことは陛下にも伝えていません。ですから……」
レイヴンが言いかけたところで、聖女は微笑して首を振る。
クロードはテオドールがどう思おうとれっきとした聖女クローディアンヌ様だ。
訳アリの人たちなんて今までも腐るほど見てきただろうし、何となく事情があることを察することができるのだろう。
「レイヴンちゃん、全て私にまで言わなくてもいいわ。大丈夫。私も一生隠さねばならない秘密を背負った身。何があっても決して口外しないし、レイヴンちゃんはレイヴンちゃんよ」
「聖女様……ありがとうございます」
レイヴンが緊張した表情から安心した表情に変わったのを見て、聖女もニッコリと微笑む。
わざとらしい顔だが、聖女が言っていることは間違いではないし自分の生い立ちも考えれば自然なことだとテオドールも納得する。
「まあ、国民が野郎でおっさんだって知ったら聖女様だーなんて呼べねぇよな」
「うるっさいわね。テオドールは黙ってなさい。私はレイヴンちゃんと話しをしているのよ」
「ピーピーうるせぇんだよ。それより話が終わったなら結界を解くぞ」
パチンと指を鳴らして、結界を解く。
レイヴンの憂いも済んだし、後は聖女がどうするかだ。
テオドールたちと一緒に来る気満々な聖女様だが、見るからに軽装備のようだ。
表立って戦闘はしないにしても、多少装備を整えた方がいいはずだろうとテオドールも考えていた。
「で、聖女サマは戦う準備ができてんのか? 回復係にしても、万全にしておいた方がいいぞ。今回は残念ながら少し真面目にしなきゃいけねぇからよ」
「ええ。一度神殿に戻って、必要な物は持ってくるわ。相手が魔族というのは聞いているし、魔族と女神様は相対する存在でもある。あちらには別の神がついているでしょうし、私としても見逃す訳にはいかないのよ」
「僕たちは回復魔法が使えませんし、戦闘以外で急ぎ手当てをするか手持ちの回復薬に頼るしかありません。魔族が何を仕掛けてくるのかは分かりませんが、戦闘の際に聖女様がいて下されば心強いです」
レイヴンも申し訳なさそうな顔はしているが、正直回復手段が増えるのはいいことだ。
どういう形できてもテオドール自身が速攻で終わらせるつもりではいたが、薬を持参するにも数に限りがある。
魔族が何を考えているかは分からないが、もてる手段は多い方がいいのは事実だった。
「まさか陛下が許可を出すとは思わなかったがな。確かに魔族は俺らが全力を出し切らず愉しませない方向になるのは望んでねぇだろうし。じゃなければ、さっさとこの国に攻め込んできてるだろうよ」
「邪悪で愉悦を求める存在。その割には高貴ぶったりするから面倒なのよね。それに……いえ、何でもないわ」
聖女が急に顔を曇らせるのはテオドールも気になってしまう。
聖女は神からのお告げとして予知夢を見ることがあり、断片的だが未来予知に繋がる映像が見えるらしい。
もしかして、何か心当たりがあるから一緒に行くと言いだしたのだろうか?
テオドールは不満そうな表情を浮かべ、聖女へ更に切りこむ。
「言いかけてやめんなよ。気になるだろうが」
「ごめんなさい、でも私も正確に何かが見えた訳じゃないの。だから、それを確かめるためにも行くわ」
「ありがとうございます、聖女様。ですが、聖女様に何かあれば国の損失です。くれぐれもご無理されませんよう……」
レイヴンが言いかけたところで、聖女はテオドールを押しのけてレイヴンをぎゅうーっと抱きしめ始めた。
テオドールが珍しく真面目に言っていたのに、図に乗りやがってと内心穏やかではない。
テオドールは大人げなく腹が立ち、不機嫌さを隠さずに声を上げる。
「おい、何してんだよババア! レイヴンに触るんじゃねぇ!」
「うるっさいわね、心が狭い男は嫌われるわよ? だって、レイヴンちゃんが健気で可愛いのだから仕方ないでしょう?」
テオドールが聖女を無理やり引き剥すと、漸くレイヴンから離れた状態に落ち着いた。
油断も隙もない聖女に対して、テオドールはディートリッヒとは別の意味でムカつく野郎だと心の中で悪態をつく。
「師匠……俺たちもそろそろ準備に行きましょう。聖女様、申し訳ありません。また後程」
「ええ。レイヴンちゃん……コイツに深入りしすぎないようにね」
最後に意味深な言い回しをするところもテオドールは気に食わない。
聖女も戦力だと割り切るしかないが、ディートリッヒと聖女が組むのもテオドールにとってウザいことでしかない。
この二人が揃うとテオドールに対して説教臭くなるし、レイヴンのことをやたらと構うせいでテオドールも苛つきが止まらなかった。
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