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210.遊戯
歪んだ空間を潜った先は太陽の光もない夜の世界が広がっていた。
魔族ならどこでも出入り自由ということだろうか?
テオドールは以前、自室の部屋のテラスにも現れた時にレイヴンとの逢瀬をぶち壊されたんだったと思い当たり不快さをあらわにする。
「一体これは何だ? これも魔族の力の一つとでもいうのか」
「団長が考えても分からない仕組みですよきっと。しっかしどこへ招待されたんだが、俺はすぐにでも失礼したいと思ってますよ」
ピリピリしてるディートリッヒとは違い、ウルガーは大したもんだとテオドールは内心感心する。
ウルガーはビビっているフリをして、逃げ道を探している。
ただ歩いているだけと見せかけて、現状を少しでも把握しようと目線は常に周りを見ているのがよく分かるからだ。
「自由に行き来できる空間っていうの? 魔法の一種なのかしら。これで攻められたらひとたまりもないわね」
「そうですね。俺たちが前に発見した召還陣の応用なのかもしれません。今のところ対処法もありませんから、やられるのみになってしまいます」
聖女が危惧するのも無理はない。レイヴンが言ってることもごもっともだ。
完璧に魔族の侵入を防げる結界というのは、アレーシュ王国では聖女の神殿くらいだろうか?
魔塔も結界自体は悪くないのだが、もう少し改良が必要だ。
テオドールが見た感じでは魔族の作った空間はすぐに閉じ、持続性はなさそうだが……テオドールがとっつかまえようとした人間もこの技術を借りたということなのだろう。何にせよ厄介極まりない。
「早速愉しみを始めてもいいが、折角の機会だ。我が城でもてなしたいのだが。食事でもどうだ?」
「魔族さまのお誘いってか? コッチの筋肉が毒でも盛られるんじゃねぇかと気にしてるみてぇだが」
テオドールが親指でディートリッヒを指し示すと、案の定ディートリッヒは敵意むき出しで魔族を睨みつけている。
臨戦態勢に入るのが早いのも、ディートリッヒの特徴だ。
「我々の愉しみに付き合ってくれる気満々という訳か。それはいい。お前よりこちらの男の方が分かりやすくていいな。では、先に遊戯の説明をさせてもらうとしよう」
黒猫は楽しそうな声色で言い放ち、更に歩みを進めていく。
まばらに生えた木々を抜け、薄暗い道を進んでいくと目の前に立派な城らしき建物が見えてきた。
見た目は俺らが見慣れた城と代り映えしない城だが、こじんまりとした大きさだ。
黒のレンガで作られた城は、ところどころぼんやりと外灯の灯りで照らされている。
「シャレたところに住んでるじゃねぇか。魔族サマの居城ってか?」
「普段はここにいないがな。愉しみのためだけに場所を整えたまでだ」
お楽しみの舞台という言い回しも含めて、魔族は随分と趣向を凝らすのがお好きなようだとテオドールはいつものように舌打ちする。
人間たちの心情など気にも留めない黒猫が近づくと、仰々しい大扉が自然と内側へ開いていく。
「さあ、中へ入るがいい。まずは一番手が君らを歓迎しよう。我らの愉しみはとても分かりやすい。現れた者たちと戯れてもらえばいいだけだ。要は我らと戦い、お前たちが勝てば宝石をお渡しする。全て揃えた時に我の元へ辿り着ける仕組みだ」
「ってことは、一人の魔族に対して何人で戦っても構わねぇってことだよな?」
テオドールが質問すると、黒猫から笑い声が聞こえてくる。
テオドールとしては今すぐにでも一発かまして終わりという流れが一番楽なのだが。
愉しみという言い方をするということは、魔族のやり方に従わないといけないってことなのだろう。
だとしても、できる限りさっさと終わらせたい。
「構わないが、一番手も含め相対する時は戦いたい者をこちらから指名する。それが我々の愉しみ方の一つなのでな」
「それってご指名された人が戦うってことよね。結局、魔族の手のひらで転がされるだけじゃない。しかも、従わないとテオドールが……」
聖女はテオドールに視線を投げかけてくる。
魔族の愉しみに付き合うとはどの状態を指すのかテオドールも知るよしもないのだが、誓いを破ればテオドールの命はどうなるか分からない。
テオドールの表情で察したのか、聖女は渋々顔で分かったと呟く。
「聞き分けがいいな。それと、お前らが連れて行くと言っていたあの人間どもにはお前たちと戦って勝てば我が研究とやらに協力してやると言っておいた。あの者たちと戦いたかったのだろう?」
「偉そうに……元からこの場でヤるつもりだったから問題ねぇよ」
テオドールが言い捨てると、隣にいたレイヴンがテオドールのローブを掴んでくる。
テオドールを見上げる顔は、今は我慢しろと訴えかけていた。
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