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212.子どもの遊戯

   やたらと楽しそうな子どもとイライラを隠しているテオドールたち。  現状も子どもの戦略の一つかもしれないが、待っているだけの時間は長く感じられた。  子どもはしばらくテオドールたちを観察していたが、漸く相手を決めたのかピタリと動きを止めた。 「決めーた! 僕と遊んでもらうのはそこのお姉さんにする!」 「私? 遊ぶって……何をするつもり?」  聖女が指さされると、聖女は苛立ちを隠しきれない顔で顔を見返す。  ニコニコと楽しそうな顔をした子どもは、急にごめんと謝りペロっと舌を出した。 「最初に自己紹介ってヤツをするんだったよね。忘れちゃった。僕はウァラク。よろしくね! で、お姉さんのお名前は?」 「……クローディアンヌよ。魔族に名前を全て名乗る必要はないし、これだけ名乗れば構わないわよね?」  不服そうに聖女が名乗ると、ウァラクは満足げに微笑んで見せた。   「クロ……お名前長いからお姉さんでいいや。僕と遊んでお姉さんが勝ったら宝石を渡してあげる。僕はね、鬼ごっこがしてみたいんだ」 「鬼ごっこですって? つまり、私が鬼で貴方が逃げるという訳?」  聖女サマが聞くと、うん! と楽しそうな声が返ってくる。  心底くだらない遊びに付き合わされるのだと、テオドールは分かりやすく舌打ちする。  しかしたかが鬼ごっこだろうが、ウァラクの言う鬼ごっこが子どものお遊びで済むとは限らない。  命をかけたものになるかもしれないのだ。 「ここまで来て、鬼ごっこだと……?」 「団長、静かに。今は聖女様と魔族がやり取りをしてますから、俺たちは聖女様を見守る以外することがないんですよ」 「ウルガーの言う通りだ。コイツがお愉しみってヤツなんだろ? いいから、さっさと始めろ」  一番不服なのはウァラクからご指名を受けた聖女だろう。  それなのに、ディートリッヒがでしゃばっても意味がないことは分かりきっていた。  ディートリッヒも渋々引き下がり、聖女から数歩離れた。 「私だって不本意だけど、やるならさっさと始めましょう。行くわよ」 「聖女様、お気をつけて」  心配そうな声色で言葉をかけるレイヴンに、聖女は笑って見せてから改めてウァラクの方へ向き直る。  鬼ごっこだというのに、杖を握りしめている様子は腹を(くく)っているように見えた。 「じゃあ、行くよ! 鬼さん、こーちら!」  ウァラクはふわりと飛び上がり、聖女は臨戦態勢を取る。  飛び上がったウァラクがビュンと左の階段の方へ向かうと、聖女も小走りで追いかける。  まんま鬼ごっこをさせられてる訳だが、どう考えても不利なのは聖女だ。 「アハハ! ほらほら、捕まえてよ!」  ウァラクは甲高く笑いながら、楽しそうにクルクル飛び回る。  挑発されても落ち着いてるのはいいが、聖女のローブでは走り回るには向いてなさそうだ。  聖女は片手で裾を持ち上げながら、階段をトントンと上っていく。 「遅いよー! ほらほらー!」 「……今行くわよ。待ってなさい」  ケラケラと笑いながらクルクルとエントランスホールを飛び回るウァラクに対して、聖女ができる手段は追いかけることだけだ。  この様子だと捕まえる前に体力がなくなってしまうだろう。 「このままじゃ、聖女様が……」 「アイツの顔を見てみろ。苛立ってはいるみてぇだが、諦める気はなさそうだ」  テオドールはレイヴンの頭をポンポンと撫でながら、不毛な鬼ごっこを眺めるしかなかった。  テオドールたちにとっても無駄な時間を過ごしているようにしか思えないし、テオドール自身もあの小生意気な顔に一発お見舞いしたい衝動に駆られる。

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