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214.一難去ってまた一難

   聖女は警戒態勢を崩さず、光の球をウァラクへ向けたまま転がされた光るモノを拾い上げる。  この流れだとこれがたぶん宝石なのだろう。 「これは?」 「話、聞いてなかった? これが宝石だよ! 負けを認めてあげるから、その玉を何とかしてよ。僕の可愛い髪がチリチリになっちゃう」 「焦がしたのは貴方だって一緒でしょう? 全く、髪の毛は乙女の命と一緒なの」 「だからって……さっき人が変わったみたいに怖かったし。あーあ、もうちょっと遊びたかったけど仕方ないよね。僕はもう帰ろ。元々暇つぶしで来ただけだし。じゃあね」  言いたいことだけを言って、ウァラクは溶けるように姿を消した。  魔族というのは飽きるとすぐいなくなるものなのだろうか? よく分からねぇなとテオドールはつまらなそうに舌打ちする。  聖女は杖を一振りして全ての魔法を解除すると、自然と集まったテオドールたちの前で緑の宝石を見せてくる。  思ったより大きめの代物のようだ。聖女の手のひら大くらいだろうか? 「これが宝石なのね。どうやって使うのかも分からないけれど、無事に手に入れられて良かったわ」 「聖女様、大丈夫でしたか?」  レイヴンが心配そうに駆け寄ると、聖女は嬉しそうにニコリと微笑みかける。  髪と服を手で軽く整えながら、大丈夫よとレイヴンにまた近づこうとするのが分かり、テオドールはすかさず一歩踏み込んで邪魔をする。 「コイツなら大丈夫だろ。中身は野郎だ」 「ちょっと! 信用してくれているのなら、もっと素直に言いなさい。これだからテオドールって嫌よね」 「全くだ。大声で聖女様の機密事項を叫ぶなど、魔塔主とあろう者がすることではないだろう?」 「あー……団長の声の方がデカイですからね? 分かってますか団長」  相変わらず緊張感のない奴らだと、テオドールは口元だけで笑む。  これくらいの方がテオドールにとってもやりやすいので構わないと思っていた。  ディートリッヒが更に大声で喚きながら文句を言おうとするのと同時くらいに、どこからか声が聞こえてくる。 「ねえ、誰か。ちょっと二階のお部屋まで来てくれない? 私の話し相手になってほしいの」  その声は艶めいた高い声だ。声的には女性だろうか?  これが美人なお姉ちゃんだったら、喜んで話に行くのにとテオドールは思っていたのだが。  テオドールの心の声を察知したのか、隣のレイヴンが凄い顔をしてテオドールのことを(にら)んでくる。 「……師匠、まんまと敵の罠に入り込むようなことはしないでくださいね」 「いくら俺でも時と場所は考えるに決まってんだろ。だが、無視する訳にもいかねぇし誰かが誘いにのってやる必要があるな」  テオドールがレイヴンの頭を撫でて(なだ)めると、小さく安堵の息を漏らしたことが分かる。  美人の罠だったらノってやってもいいのだが、レイヴンは嫌がりそうだと考えて立候補を取り下げる。  テオドールの迷いを読み取ったのか、空気を読んだらしいウルガーが仕方ありませんねと呟いた。 「団長は力押しの相手が来るまで出番を取っておいたほうがいいでしょうし、ここは俺が行きますよ。ご指名はないみたいですし、それなら俺が無難じゃないかと」 「そうね。ウルガーちゃんなら相手が何を言ってきたとしてもきっと惑わされずに解決してくれると思うわ」 「確かに、一理あるな。俺は駆け引きという小細工は不得手だ。ウルガーならば魔族の甘言(かんげん)に惑わされることなく、使命を果たしてくれるだろう」  大げさに祭り上げられたのは予想外だったみたいだが、ディートリッヒの言っていることも間違ってはいない。  ウルガーはかったるそうに首の裏を手のひらで擦りながら、行ってきますと言い残して二階へ続く階段を上り始めた。

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