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215.甘い誘い

   ウルガーは、正直立候補するつもりはなかった。  別に全員が魔族と戦わなくちゃいけないという縛りはなかったし、ウルガーは自ら危険な橋を渡るのはごめんだと常々思っていたからだ。  テオドールから圧もかかっていたし騎士団長の手綱を握らなくてはいけない為仕方なくこの場にいるが、メンバー的にもウルガー自身が確実に最弱だと理解していた。  ウルガーは心の中ではぁ……とため息をつく。  これが街で見かける可愛い女の子だったら喜んで誘いにのるのに、相手は魔族なせいで命の危険があるのというのが残念でならない。  ウルガーはこう見えても一応騎士だし仮にも副団長をやっている。  普通の魔物退治ならば、ウルガーでも可能だろう。  しかし魔族は見るのも初めてで、どう対処すればいいのかも分からない。    そんな相手にレイヴンのためとはいえ、自分の命も軽く駆け引きの道具にするテオドールは変人だと心の底から思っていた。  変人は誉め言葉ではあるけども、やることなすこと斜め上の人だからウルガーはついていくのが精いっぱいだ。  分かりやすい団長を操作するよりも難しいことをやってのけるレイヴンは天才なんだろうと、いつも感心していた。 「二階のどちらの部屋にいらっしゃるんですかー? 俺でいいかは分かりませんけど来ましたよ」  ウルガーとしてはとにかく魔族をなるべく怒らせないように、穏便に済ませたかった。  相手は女性だと思って、紳士的に振る舞う方が無難な気がすると自分の中で戦略を練るくらいしかできない。  ウルガーが呼び出された二階への階段を上りきったところで、妖艶な声が聞こえてきた。 「ふふふ。あら、可愛い坊やが来てくれたのね。私は誰でも歓迎するわ。そこの開いている扉から入ってきてね」 「ああ、そちらですね。では、お邪魔します……」  ウルガーは半開きになっている扉の前に立ち、軽く深呼吸してから扉を開く。  中は普通の客室のようだが、まあまあ広い部屋だ。  調度品も品が良く、黒と白でキレイにまとめられている。  向かい合って座れるような椅子と机、天蓋付きの大きなベッドが目に飛び込んでくる。 「いらっしゃい。まずは一杯付き合ってもらえるかしら。お飲み物は葡萄酒でいい?」  声がした方へ顔を向けると、黒の椅子に女性らしき魔族が長い足を組んで座っていた。  ただし、頭には鹿のような角と背中には黒々とした翼のようなものが生えている。  翼は鳥のようなふわふわとしたものではなく、見た感じドラゴンに生えているような立派な翼だ。  服は黒の長いドレスで、胸の谷間と足元の切れ目から覗く足が色香を漂わせている。  これは油断していると、簡単に惑わされるかもしれない。  魔族のお姉さんじゃなかったら今すぐにでも惑わされたいところだと、ウルガーも少々残念に思った。 「あら、気に入ってくれた? 男の子はもっと露出度が高い方がお好きかしら」 「まあ、そうですね。お姉さんも美人さんですから出会い方が違っていれば恋に落ちたかもしれませんね」  当たり障りのない会話をすることに、意味があるのかも分からない。  だが、一杯付き合ってほしいという彼女の意向に付き合うしかない。  ウルガーは腹を括って、彼女が座る向かいの椅子へ腰かける。 「素直でイイコね。そうだ、折角だから自己紹介するわ。私はフールフール。長かったらフルちゃんと呼んでくれてもいいわよ。あなたは?」 「俺はウルト。ウルちゃんとでも呼んでください。フルちゃん……フルさんでも構いませんか? 少し緊張しているので」 「あらあら。特にこだわりがある訳じゃないから構わないわ。よろしくね、ウルちゃん」  ウルガーは咄嗟(とっさ)に偽名を名乗ってしまった。  家族はそう呼ぶこともあるし全てが嘘という訳じゃないが、内心少し焦ってしまう。    そんなウルガーからもフルさんは呼び名に満足してくれたように見えた。  微笑みながらウルガーの前にあるグラスへ、赤い葡萄酒を注いでくれる。

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