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216.甘い語らい
フールフールは戦いを挑んでくる訳でもなく、葡萄酒を注ぎ終えるとウルガーに乾杯を促してくる。
ウルガーは元々歯向かう気もないので、素直にグラスを手に取り縁を軽く合わせ乾杯した。
正直葡萄酒を口にするのはウルガーにとって勇気がいることだが、飲まないのは失礼なのでほんの一口だけ口に含んだ。
口の中に広がる味は確かに葡萄酒だが、ウルガーも正直数回しか飲んだことはないからうまいかマズイかは自信がない。
ビールは苦めなのが特徴で、葡萄酒は例えるなら芳醇 と言っていただろうか?
テオドールがそんなことを言っていたような気がした。
「あら、意外と飲める口かしら?」
「嗜 める程度ですが。それで、俺はどうしたら宝石をいただけるのでしょうか?」
「うふふ。来たばかりでもう帰っちゃうの? ねえ……私を満足させてくれたら渡すって言うのはどうかしら?」
フールフール……フルさんは妖艶な笑みを浮かべて身体を乗り出してくる。
ニイっと笑った時の赤い唇を見ているだけで、ウルガーの身体ごと食べられてしまいそうだ。
色気だけではない、何か危険な香りがする。
「満足……というのは、会話を弾ませろということですか? それとも……別の意味で?」
「別の意味でもいいんだけど、どんな意味を想像したのかしら。聞かせて欲しいわ」
ウルガーはできるだけ動揺を表情に出さずに余裕ぶってはいるが、相手の目的がまだ読み切れない。
ただでさえウルガーは相手に飲まれているというのに、一体どうしろって言うのか。
フルさんは指先をウルガーの顎へ触れさせて、クイっと持ち上げる。
「言ったらつまらないですよ? そうだ、折角だから当ててください。俺が今、何を考えているのか。でも、魔法で心を読むのはナシです」
「男の子は素直だものね。ねえ、もっとイイことしちゃう? そこにベッドもあるわよ」
フルさんはクスクスと楽しそうに笑うと、ウルガーは胸が高鳴ってしまい本能的に喉が鳴る。
だが、ここで場の空気に飲まれる訳にはいかない。
ウルガーは必死に平静を装う。
「俺はただの人間でしがない騎士です。それにあなたを楽しませられるような芸当もありませんよ」
「そうねえ……ウルちゃんが魔法使いじゃないのは分かるわ。それに、貴方たちがしていたお遊びも暇つぶしに見ていたのよ?」
フルさんはそう言って、ベッドサイドに置いてある鏡を指さした。
すると、鏡の表面が揺らいで今現在一階に残っている面々が映し出される。
団長は……素振りをしているようだ。また体力を無駄遣いしているに違いない。
だから脳筋だって言われるんだよなとウルガーは心の中で呟くと、少しだけだが気分が落ち着いた。
「へえ。やっぱり凄い力をお持ちなんですね。俺とは大違いだ」
「あら、ありがとう。ウルちゃんは褒め上手ね。 それに……私のこともずっと見つめてる。気に入ってくれた?」
フルさんの指は顎から離れてウルガーの喉へ流れていく。
ウルガーは違う意味で、ぞわりと総毛立ってしまった。
たぶんどっちともとれる反応だから、フルさんにとってはいい反応になっているだろう。
「私は魔族だけど、血生臭いことは好きじゃないの。だから……もっと私を満足させて?」
ウルガーの耳元で囁かれた言葉はとても甘い。恐怖と妙な興奮で頭が痛くなってくる。
普通に考えたら睦言なんだろうが、出会ったばかりの魔族に甘い感情を持ち合わせるような余裕はウルガーにはない。
ウルガーはこの状況を打破してさっさと宝石を渡してもらう方法を考えながら、なるべく優しく微笑んで見せた。
「分かりました。俺にできることであれば。でも、俺みたいな弱いヤツじゃなくてもっと屈強な男が好みだったりします?」
「そんなことないわ。可愛い坊やも好きよ。それが魔族だろうが人間だろうが……ね。だから気にしなくていいのよ。私はウルちゃんのことも気に入っているのだから」
ウルガーのことが気に入ったとは、何を見てそう思ったのだろうか?
もしかして、試されているとか? だとしたら……。
ウルガーはズキズキと痛む頭で、次の一手を必死に思案する。
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