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218.勝利者の帰還

   テオドールが暇を持て余しすぎて一服しようとすると、レイヴンにあっさり止められる。  テオドールもウルガーが戻ってくるまで特にやることはないのだが、そう考えていたことさえ弟子にはバレてしまうらしい。  テオドールのことを睨んでいるレイヴンと目が合ってしまった。 「師匠……常識がないのは重々承知ですが、この状況でよく煙草を吸おうと思いましたね? 呆れすぎて何も言えません」 「文句言ってるじゃねぇか。それに吸ったからって何される訳でもなし、ここは貴族様のお屋敷でもなんでもねぇんだぞ」  テオドールが取り出した煙草を仕方なく箱に戻すと、先ほどから何か言いたげな顔をしていたディートリッヒがテオドールの煙草を奪おうと手を伸ばしてくる。  そんなことはさせまいとテオドールは煙草に認識妨害をかけて、ディートリッヒの視界を遮る。 「なっ……消えた?」 「テオドール……貴方、くだらないことに魔法を使うのやめなさい。だから、魔塔主はって言われるんでしょうが」 「別になんだっていいだろうが。そんなことより、どうやらご帰還みたいだな」  テオドールが顎で上を指し示すと、扉からちょうどウルガーが出てきたところだった。  相変わらず空気を読むヤツだと、テオドールの口元が緩む。  おかげで聖女サマのお説教も回避できたと、ついでに内心ほくそ笑んでいた。 「ウルガー! 無事だったか」 「俺を勝手に亡き者にしないでくださいよ、団長。何とかなりました。ほら、宝石です」  ウルガーが手に持った赤い宝石を見せながらゆっくりと階段を下りてくると同時に、今度はエントランスホール左奥の扉がギィという音を立てて開いていく。  次の目的地へご案内という意味だろうか? 「扉が勝手に……つまり、そちらへ向かえということか」 「んなこといちいち言わなくても分かるだろ。いいからさっさと終わらせるぞ」  ウルガーと合流し、自分が先頭で様子見をすると言い張るディートリッヒを先頭にして扉の奥を覗き込む。  相手が高度な魔法でも使わない限り罠はないはずだが、ディートリッヒを盾にするのが一番いい並び方だろうとテオドールも黙って後ろにつく。 「ふむ……ここは訓練場か?」 「みたいね。それにとても分かりやすく待っていたみたいだけれど」  聖女が杖を指し示す先には、赤い装束と甲冑を着込んだ騎士のような姿の何者かがブンブンと剣を振って訓練していた。  テオドールたちが入ると同時にバッと振り向き、切っ先をこちらへ向けている。 「……ショウブ、シロ」 「勝負だァ? これまた面倒そうなヤツが……」  テオドールが言い切らないうちに、出番を待ち構えていたらしいディートリッヒが一歩前へ進み出た。  力に力は悪くないぶつけ方ではあるだろう。  だが、相手の言う勝負はゴリ押しで満足するかどうかが分からない。 「俺が相手になろう。構わないか?」  ディートリッヒが問うと、赤い甲冑は同意の頷きを返してきた。  甲冑はペラペラと喋らず、無言で訓練場の中央へ立って大剣を構える。  ディートリッヒもテオドールたちに視線を送ってから、赤い甲冑の正面へ立ち自慢の剣を構えた。    近くにいて戦いの巻き添えを食うのはごめんだと、テオドールたちは中心で向かいあう二人を眺めるために距離を取る。  ディートリッヒを残してこの場から離れて、訓練場の端で見物することにした。    赤い甲冑はディートリッヒより一回りくらい大きいが、大きいだけなら問題はなさそうだ。  ただ、相手は魔族だから大きい魔物とは訳が違う。  それでもディートリッヒはいつも通り力のみでいくのだろう。  純粋な勝負をお望みならば、ディートリッヒが適任なのは間違いない。 「カマワヌ。ヤルゾ」 「つまり、勝負とやらに勝てば宝石をよこすんだな?」  ディートリッヒの問いかけに反応し、赤い甲冑は頷いたように見えた。

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