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239.巻き込まれた騎士一名

   ハーゲンティがさっと手を挙げると、バチバチと雷のようなものが手のひらへ収束する。  パンッと弾けたのと同時に、他の魔族たちも一緒に動き始めた。 「で、アンタは動かないのかよ」 「まずは我を立たせるところから始めてもらわないとな」  他の面々は突進してきたり飛び回ったりとまた始めたようだが、目の前のハーゲンティは動かない。  レイヴンはディートリッヒの影から風の弾丸(ウィンドバレット)を放っているし、ディートリッヒはゼパルの攻撃を受けながらウァラクの突進も受け流しているようだ。 「おい、ウルガー。お前は暇だろ? こっち手伝え」 「え、嫌ですよ! 一番厄介なヤツじゃないですか!」  ウルガーはご指名を受けていないからと、状況把握だけで手を抜くことは許されない。  そもそもハーゲンティを愉しませれば、テオドールだけじゃなくても構わないのだろう。  テオドールは詠唱しながら、顎でウルガーに指示を飛ばす。 「本気で言ってるんですか……絶対精霊王様に手伝ってもらったほうがいいですって」  ウルガーはぶつくさ言ったものの、しっかりと剣は構えたようだ。  じゃあ軽く一発お見舞いするかと、テオドールも詠唱を始める。 「――氷の棘(アイスソーン)」  テオドールは手のひらの上にいくつもの小さな氷の(トゲ)を出し、ひょいっと放り投げる。  本当に挨拶がわりの魔法なのだが、どの程度魔族に効果があるのだろうか? 「そのような児戯(じぎ)、何をするまでもない」  ハーゲンティはフンと鼻を鳴らしただけで氷を消し去ってしまった。  魔法をある程度打ち消せるとなれば、こちらもそれなりの魔法をぶっ放した方がいいだろうとテオドールも即座に判断する。 「ちょっと、テオドール様! 氷が消えちゃったんですけど!」 「この程度、児戯だから問題ねぇだろ」 「魔族相手に余裕かましてないで、こういう時こそデカイのを一発ドーンとお願いしますよ?」 「だったらせいぜいアイツの気を引いてもらわねぇとな」  ウルガーが動こうと一歩踏み出すと、ウルガーの右側からフールフールが放ったらしい炎が飛んでくる。  ウルガーが慌てて飛びのくと、今度は聖女サマがごめんなさいねと言いながらウルガーの横を通り過ぎていく。 「あぁぁ……何が何やら……っ!」  ヤケクソになったウルガーが剣を構え直し、右上からスッと剣をおろし素早く左上からもスッと下ろす。  すると、二重の剣の軌道が刃のようにハーゲンティへ一直線に飛んでいく。 「へえ、やるじゃねぇか」 「魔法っぽく言うなら、風の刃(ウィンドカッター)ですけど! ただ剣を振ることで生み出した風を飛ばして牽制(けんせい)してるだけですよ……っと」  ウルガーは解説しながら、同じように一振り二振りと風の刃を飛ばしていく。  普通は剣を振って風を生み出したりできないはずなのだが、ディートリッヒが規格外のせいかウルガーは自身の評価がとことん低い。  普通の魔物相手なら、それなりに効果がありそうだが魔族にとっちゃ児戯だろうか? 「――雷の弾丸(サンダーバレット)」  ウルガーの風の刃の合間に、テオドールは指で銃の形を作って何発も打ち込んでいく。  ハーゲンティは首を振る程度で避けているが、たまには変化を加えてやろうとテオドールが双眸(そうぼう)を細める。 「爆ぜろ(バースト)!」  テオドールはパチンと指を鳴らして、一直線に飛んでいった弾丸をハーゲンティの顔の近くで破裂させる。  すると、ハーゲンティもうざったそうに顔をしかめてこちらへ指を払うような仕草をする。 「わ、なんか飛んできましたけど!」 「ウルガー、試しに斬ってみろ」 「いやいや! 真っ黒だし危ないでしょう? ……って、言ってる場合じゃっ」  喋りながら、ウルガーが飛んできた黒い塊を剣で横なぎに斬る。  口はふざけているが、身体は咄嗟(とっさ)に反応したらしい。  床に着弾した闇は、ジュッという嫌な音を立てる。 「なんか溶けて……って、俺の剣は? あぁ、無事か」 「さっき身体保護(ボディーコーティング)をかけてやったろ? これくらいなら溶けたりしねぇよ」 「にしても、無茶言わないでください。確かに前衛と後衛って考えれば分かりますが、俺は団長みたいに頑丈じゃないんですよ?」 「んなこといって、さっきから反応できてるから問題ねぇだろが。ほら敵さんはまだまだ暇そうだぞ」  テオドールの言葉通り、ハーゲンティは不快そうな表情になっただけでまだ座っていた。  小細工程度じゃ効きやしねぇなと、テオドールは分かりやすく舌打ちする。

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