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246.変化

   テオドールが飲み終わった回復薬の(ビン)を適当に転がし、聖女にも魔力(マナ)回復薬を手渡したところで子どもの甲高い声があがる。   「テオ、いない!」 「ちまいのどうした……チッ、闇に紛れて逃がした? いや、フル姉みたいに吸収したか」  女の子の指さす先の光の檻に閉じ込めておいた魔族二人の姿がなくなっている。  檻の側に立つハーゲンティの姿は、もやもやとした闇に包まれていて今は確認できない。 「こちらの姿は美しくないので気に入らないのだが、貴様らが余計なことをするのでな」  先ほどとは違い、低く耳障りな声が玉座の間に響く。  ディートリッヒとウルガーは宝石を叩き割るまではできなかったらしい。  視界を奪われていては仕方ない。宝石は……さすがに奪い取られたのだろう。  闇がしっかりと晴れると、そこには筋骨隆々の大きな黒い牛のような獣が立ちはだかっていた。  紅の瞳がギラリと輝き、頭上には先が曲がった角が二本生えている。  背には鳥のような柔らかさはないが、竜のように固くもない翼もあるが……要は巨大な牛の魔物だ。  胸には少しひび割れている黒い宝石が鈍く光っているのが分かる。  盗られたというよりは、吸収したのだろう。  テオドールは宝石集めこそ、ハーゲンティの考えた遊戯なのだと思い当たる。  弱点をわざわざ教えてくれていたっていうのが紳士的という、おふざけの一種という訳だ。  今も分かりやすく弱点を(さら)してくれている紳士ならば、こちらも遠慮なく弱点を狙えばいい。 「随分とそれっぽい姿になったじゃねぇか。ハーゲンティ」 「フン。ここからは一方的な蹂躙(じゅうりん)が始まるだけだ。つまらぬと思ってお遊びを用意したというのに、残念だ」  言うと、フッと姿を消して聖女の目の前に現れる。  聖女は慌てて杖を構えるが、ハーゲンティは一番不利なところからつぶすつもりなのだろう。 「――疾走(スプリント)!」  すぐさま反応したウルガーが、前衛職ならば持ち得る闘気を足に(まと)わせて素早く聖女の前に現れ抱きかかえる。  ハーゲンティの両手から吹き出す黒い炎を避けるように、乱雑な走りで惑わせて聖女をディートリッヒの後方へ配置し直す。 「人間如きが……」 「その人間様にやられてんだろうが。聖女サマ、狙いは分かってるよな? ヤツの胸だ」 「ええ。任せて」  聖女が構える時間稼ぎとハーゲンティの顔周りをうざったくするためだけに雷の弾丸(サンダーバレット)を撃ち込みながら、隣のレイヴンに目配せする。  レイヴンはテオドールの視線に気づいて、すぐに顔をあげた。 「レイヴンもそろそろ奥の手を使え。戦い自体をもう長引かせないほうがいい。俺も派手なのをもう一発くらわせる」 「分かりました。精霊王様たちもよろしくお願いします」 「分かった。危険な時は手を貸そう」 「ええ。レイヴン、あの方が待ってるわ」  精霊王二人にも丁寧に頼むと、レイヴンは静かに両目を閉じる。  テオドールはレイヴンの側でハーゲンティが余計なことをしないように見張りながら、同じく詠唱を始める。  あの方ってことは……レイヴンは大物を連れてくるってことか? 「誰からやっても構わぬが……まずはやはり」  ハーゲンティの狙いは変わらず聖女だ。  空を舞いながら、思い切りディートリッヒへぶつかっていく。  ディートリッヒも剣気を込めて粘っているが、さすがに力だけじゃ無理そうに見える。  床が(きし)み、ディートリッヒの身体が押し込まれていく。 「団長!」  ウルガーが同じく剣気を込めて飛び上がって上から斬りかかるが、あっさりと片手で止められる。  ギリギリと力は入れているようだが、一向に刃が通らない。 「クソ、硬い……っ!」 「邪魔だ」  ウルガーはそのまま力任せに身体ごと投げられてしまい、思い切り吹っ飛んでいく。  助けてやりたいが、詠唱を中断する訳にもいかない。 「ウルガー!」  ディートリッヒが叫びながら気合で押し込むが、このままじゃ剣の方がもたなそうだ。  そして、ウルガーが柱に激突しそうになった瞬間――  一陣の風が吹き抜けた。

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