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281.娯楽と夜の街ナクティサ

   船旅は魔物に襲われることもあったし、船酔いはしたが比較的問題なく順調に進んでいた。  レイヴンもあまり外に出ないようにしていたし、面倒ごともなく目的地のナクティサまで到着できた。  着飾った貴族たちが続々と船から降りていくのを見送ってから、レイヴンとウルガーも下船する。 「さて、ここからが問題だな。ナクティサからギルディアへ向かう船を探さないとな」 「そうだね。でも、今は夜で船着き場の人たちも夜の街で楽しんでいるのかも」  この街は娯楽と夜の街と呼ばれるだけあって、明かりも賑やかだ。  色とりどりの電灯が辺りを照らし、一歩道へ入るとお酒と客引きらしき人々の姿も見えた。  店も酒場が多く立ち並び、一言で表すとテオドールが通うような店ばかりだ。 「レイヴン、眉間に皺が寄ってる。ここにテオドール様がいそうだって?」 「だって、この店の並び。どう考えても師匠が大好きな並びだし。この街にいてもおかしくない」  この街で普通の宿を探すのは大変そうだ。  歩いているだけでキレイに着飾ったお姉さんに声を掛けられるし、地下へ降りていくお忍びの貴族たちはきっとギャンブルを楽しむのだろう。  レイヴンが何故かイライラしてしまうのは、テオドールのせいだ。そうに決まってるとレイヴンは心の中で言い聞かせる。 「レイヴンが健やかに眠れればいいんだけど……っと」  子どもがレイヴンにぶつかってきたので、ウルガーがレイヴンの身体を支えて何気なく助ける。  レイヴンは嫌な予感がして、すぐに肩から提げていた皮のバッグの中身を探り始めた。 「やられた。さっきの子どもはスリだった。金貨の入っていた袋だけ的確に抜いてる」 「走り抜けていったから、追いかけても追いつけるかどうか……」  ウルガーの心配はもっともだ。  だが、レイヴンは昔似たようなことをしていた経験から身体が触れた瞬間に一応目印をつけておいたのだ。  追跡魔法に引っかかるように、レイヴンの魔力を彼の身体にまとわりつかせておいて良かったとレイヴンは内心安堵する。 「ちょっとイライラしてたからさっとこの場で捕まえられなかったのが心残りだけど、今は気持ちを切り替えて追いかける方が先だ」 「分かった。レイヴン、能力を使うから一旦俺に任せてもらっていいか?」 「それは構わないけど……うわっ! だからってこの抱き方はどうかと思う!」  レイヴンはウルガーに両足をすくわれて横抱きにされてしまった。  ウルガーは騎士だし、レイヴンより力があるに決まっているが……この体勢は少し恥ずかしいとレイヴンはそっと周囲を見回して注目されていないか確認する。 「疾走(スプリント)!」  ウルガーは剣気を足に(まと)うと、人混みの中を一気に走り抜ける。  風が身体を抜けていき、レイヴンの髪と服を揺らしていく。  この速さだと普通の人には砂ぼこりくらいしか映らないくらいの速さだ。  レイヴンは自分の魔力を捜索(サーチ)しながら、ウルガーへ進む方向の指示を出す。 「そこの角を右へ。路地の中で止まってる」 「了解!」  ウルガーの能力のおかげで、レイヴンたちはあっという間に追跡を終えることができた。  ウルガーがレイヴンを地へ下ろす。レイヴンたちの目の前には少年といかにもといった風貌の髭面の男がニヤニヤしながら話しているところだった。 「なんだぁ? 急に現れたな」 「な、なんだよ! さっさとどっか行けって!」  ウルガーが剣気を発して牽制したせいか、少年の方が少し慌てているみたいだ。  それはそうだ。つい先ほどお金を盗んだ相手が目の前に現れたら驚くのは当然だろう。 「悪いけど、その袋は返してもらおうか。お金を盗むなら相手を選ばないとね」 「そうだな。生きるために必要なのかもしれないが、勝手に奪うのは良くないなぁー? お兄さんたちがおしおきしてやろう」  レイヴンたちの言葉を聞いて、奥にいた髭面の男が前へ出てくる。筋肉が隆々としていてウルガーよりも背が高い大男だ。  普通の人たちなら驚くかもしれないが、ウルガーはこの男よりも遥かに強いディートリッヒと普段から剣を交えてるのだからこれくらい大したことはないのだろう。  レイヴンも魔法で遠距離からどうにでもできる。  しかし、ここはウルガーの出方を見てから補助に回った方が良さそうだと考え、レイヴンも静かに出方を待つことにした。

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