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第2話

薄い上履きから床の冷たさが浸透し、生まれたての小鹿のようにガチガチと身体が震える。 ヒートテックの進化のおかげで、年々寒さはましになっている。 からとて、寒いもんは寒い。なにせこの真冬にハーパンだから。 「さっむ!」 みんな上下ジャージの完全装備の中、俺と咲だけポンコツ装備。 同クラの田中と目が合うと、嫌味な笑顔を浮かべながら近寄って来た。 「あれ、のぞみん生足?俺にサービス?」 「お前の脱げ。んで俺に貸せ。寒すぎる。」 「てかそれ彼ジャー?でかくね?」 「そうそう。安定の咲の。」 「なんで合同なのに貸してんの?今野アホなの?彼女のクラス、確か体育あったのに。」 「咲が暑がりだから。」 「いや、気温5℃よ?今適温なら夏溶けるじゃん。」 「胡蝶ちゃん!前締めるとハーパン隠れるのエロい〜!」 「かわいいからあっためて〜!」 「うい〜。てかつめた!まじ氷じゃん?」 「太ももから下の感覚がない。」 「カイロで挟んだげる。」 「それ最高!溶ける〜〜〜。あ、咲!」 「さみい。」 肩が不自然な程あがり、いつも姿勢のいい背中がネコのように丸まっている。 ポケットに手を突っ込みながら、僅かに身体揺れている。 じっとしているとお互い凍りそうで、細かく身体を揺する様に笑ってしまう。 「鳥肌ヤバ。ウケる。」 「ウケてんなし。のぞのせいじゃん。」 不機嫌そうに笑いながらも、いつもより眼差しは柔らかい。 吐く息は白く、柔らかなフィルター補正でさらにイケメンが増している。 いつもは避けられるけど、今なら許される気がして筋肉質な腕に絡みついた。 「くっついてるとあったかくね?」 「いや、いいや。」 「え、でも鳥肌ヤバすぎて飛べそうじゃん。じゃあ、これが1番正解じゃね?」 「え?」 広い背中に覆い被さると、咲の熱を感じる暇もなく腕の中からすり抜けてしまった。 「無理。ちょっと走ってくる。」 「あー、わかるー。」 ―――やっぱ、無理かよ。 別に、今日が特別なわけではない。 咲の口数が減るスピードと並んで、ボディタッチできる機会は激減している。 これという決定的な理由は思いだせないが、気がついたらこんな状態に落ち着いていた。 猿のようにきゃっきゃと肩を組んでいる同級生を横目に、大きなため息が零れる。 「無理って何?イキってんな。」 「普通にキモいんじゃね?」 「まー、ゴツい野郎なら分かるけど、相手のぞみんよ?普通にラッキースケベじゃね?」 「まー、俺も男だしなー。」 「ギリな。」 咲の背中を未練たらしく睨んでいると、珍しい人物に声を掛けられた。 「胡蝶。今いい?」 寒さに震えながら見上げると、咲と同クラで同じバスケ部の何度か見た顔がある。 同クラになったこともなく、咲のクラスで何度か顔を見た程度の繋がり。 「あー、バスケ部のイケメン。」 「いい加減、名前覚えてくんないかな?」 「鈴木?」 「進藤な。ジャージ忘れたの?」 「上下全滅だったけど、上だけ咲に借りた。」 「今野?合同なのに?」 「だから咲は自家発電。」 「なるほど。てか足さむそーね。」 そう言いながら、太腿の付け根ギリギリを撫でてきた。 際どい攻め方に呆れながら視線をおくると、女子ウケ抜群の顔で微笑まれる。 「あんた慣れてんな?」 「バレたか。足細いね。高跳びだっけ?」 「よく知ってんね。」 「胡蝶有名だから。細いけどちゃんと筋肉あるんだ。意外だわ。」 「なめてんの?」 「いや、線が細いから、もっと柔らかいのかと思った。」 「女子ばっか撫でてたらその感想すね。」 「でもほっぺはぷにぷに。かわいい〜!」 「やたら触るけど、あんたホモなん?」 「さすがに警戒する?」 「まさか触りたい放題とか思ってる?普通に金取るよ?」 「鬼の居ぬ間に親睦を深めようと思っただけ。胡蝶が嫌ならやめるし。」 「まー、顔は合格かな。」 「お、嬉しい。後は?」 「お前、何してんの?」 黙々と走っていたはずの咲が、少し息を弾ませながらこちらを見下ろしている。 元々精悍な顔つきと厳つい肩幅のせいで、無表情だと怒って見える。 「時間切れ。じゃね。」 進藤は軽やかに立ち上がると、そのままみんなのほうに逃げていく。 「何かあった?」 「イケメンだってイキってた。」 「やっぱ下も貸すわ。」 「いや、サイズ全然違うし、普通に寒いだろ?初期装備は辛すぎ。」 「今走ってきたから大丈夫。着てろって。」 「あーざす。」 遠慮を知らない俺は、咲から受け取った脱ぎたてほやほやのズボンに脚を通す。 咲の体温に触れているようで、顔がにやける。 「あー、やべ!無理だわ。ウエストもでかくてずり落ちそう……。」 「っ!!」 「ちょ、笑うなし!」 咲は滑稽な姿に呆れたのか、吹き出しながらしゃがみこんでしまう。 「タイム。」 「は?」 「トイレ。」 「さすがに冷えたんじゃね?返すわ。」 「どうも。」 「いってら。」  俺からズボンを受け取ると、全速力で駆け抜けていった。

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