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第3話
今野 咲
―――無理、無理、無理、無理……!!!マジで無理!!
ハーパンを履いてんのは分かっているけれど、脱げそうなのは視覚的にヤバイ。
生足の破壊力エグ過ぎて、直視も出来なかった。
―――あ~~~!もったいねぇことした!
てか、あの野郎……スカした顔して触ってたな?
いつも女と喋っているから、完全ノーマークだったわ。
のぞもなんで無抵抗なんだ?
男に触られるの、普通にキモくね?
いや、俺もキモい側の人間なんだけど。
なんであんなにもガードが緩いの?
バカなの??自覚ないにも程があるじゃん???
トイレの個室に駆け込んで、ドアにもたれかかる。
先ほどの寒さが嘘のように、身体が火照る。
ヒリヒリと痛むソコを睨みながら、前かがみになるしかない。
―――あ~~~、勃ちすぎて痛ぇ!!
ズルズルと座り込みながら、自身の熱が落ち着くのをただ待つしかない。
一度抜いたからと言って、楽になることはない。
またすぐに熱を取り戻し、放出しようと何度も硬直を繰り返すだけ。
燻りすぎた気持ちを押し込めば押し込むほど、身体の我慢が効かなくなっている。
最近はそれが顕著で、鈍感なのぞにさえ不審そうに睨まれる程。
手足の先は白くなるほどかじかんでいるいるのに、身体の中心は真夏のようにジンジンと火照る。
自分の身体の一部なのに、ソコだけはどうしても融通が利かない。
それに腹が立つ反面、自分の感情に一番正直なソコが羨ましくもあった。
***
2限を終えるチャイムと同時に、のぞがひょっこりと顔をだした。
貸したジャージは適当に丸められ、乱雑に俺の机に置かれる。
他の奴に同じことをされたらキレるようなことでも、のぞだと何をやってもかわいいとしか思えない。
「咲、あんがと。助かった。」
「ん。」
「腹、大丈夫?ジュース奢るから自販いこ?」
「いや、いいよ。」
「じゃ、俺が飲みたいからついてきて。」
―――かわいい。マジでかわいい……。世界一かわいい。のぞはかわいいの天才すぎる。
この学校で唯一、俺を名前で呼んでくれる幼馴染。
幼い頃から華やかで、愛想がよく、聡明で、大人からもよく好かれていた。
透き通るような白い肌や濡れたような淡い色彩の緑色の瞳は、イギリスとのハーフであるのぞの母からの遺伝子の賜物。
類稀なる美人な母の血を3人兄弟の中で1番濃く受け継いだのが、末っ子ののぞだ。
ガキの俺でさえ、物騒な事件に巻き込まれた話をのぞの母からの電話で、幾度も盗み聞いていた。
小学校時代は車で登下校するのが当たり前で、放課後暗くなるまで外で遊んだ記憶はない。
そんなのぞが中学生になり、ようやく1人で登校することを、のぞの両親は俺と一緒ならという条件付きで渋々のんでいる。
溺愛と過干渉のなかでのんびりと成長してしまった箱入り息子は、自分の価値にいまいち気がついてない。
身長は平均値なのに対し、顔のサイズが群を抜いて小さく、小柄に見られることが多い。
そんな中性的な見た目から、女子だけでなく男子からもそういう対象にみられることもよくある。
それなのに、本人は素知らぬ顔で、誰に対しても変わらぬ愛想を振り撒いていた。
―――マジで、いい加減理解してくれ。
それが俺の本音だけれども、いつまでも何も知らない無垢のままでいてほしいという願望もある。
この小さくて少し頼りない幼馴染ののぞに、俺は初めて会った瞬間にあっさりと堕ちた。
好きな色が緑と即答していた幼少期。
あの時から抱いている熱は冷めないどころか、年々増幅して心臓を蝕んでいる。
あの頃のようにただ純粋に好きだという純粋無垢な気持ちだけでは飽き足りず、その気持ちにどんどん色が混ぜあわさって、今では黒に近い色に変色してしまった。
なぜか絶対的な信頼を得ているのぞの両親に、この感情は悟られてはいけない。
のぞを託されてから、もうすぐ2年が経とうとしている。
あと1年経てば、きっと俺たちは違う高校に進学する。
バスケしか能のない俺と、なんでも器用にこなせる聡明なのぞでは、進むべき道は大きく異なるはずだ。
せめてその日までは、のぞの隣にいたい。
それが俺の許されるラインだった。
腕に指を絡めてくれるのも嬉しいけど、どんな表情すればいいのか、マジで正解が分からない。
嬉しくて、嬉しすぎて……
のぞに死んでいると揶揄される表情筋が緩む。
そのキモい顔で、気持ちを悟られるのが怖い。
綺麗な横顔を見つめていると、のぞが伏せ目がちに見つめてきた。
「咲。」
「ん?」
「怒ってる?」
「なんで?」
「寒かったじゃん?」
「走ってたから平気。」
「でも、機嫌悪そう。」
「え?別に普通だし。」
「そか。」
俺の腕に絡めていた指を解くと、そのまま一人でずんずん進んでいく。
―――え?なんか、落ち込んでる?
「ちょ、待って。何?」
「怒ってることあんなら、ちゃんと説明して?空気悪くなるの意味分からん。考えるのだるい。」
「だから怒ってないって。」
「今日だけじゃなくて、ずっと機嫌悪いじゃん。」
「んなことない。」
「ある。」
「ないって。」
「咲ってさ、俺のこと嫌いじゃん?」
「は?」
「気がついてないかもしれんけど、俺のことめっちゃ避けてるよ?」
「いや、毎日一緒に学校来てんじゃん。」
「それ仲良いからってより、ルーティンだからじゃん?家が近くても、だんだんソリ合わなくなるのはあるあるだし。無理して合わせなくていい。」
「いや、無理してない。」
「ほんと?」
「のぞのこと大事だし。」
嫌いどころか超大好きだし、大好き過ぎて毎秒困っているくらいで……。
好きと安易に伝えてしまえば、この重すぎる気持ちが乗っかってしまいそうで、言葉が喉に引っかかる。
「そなの?」
「うん。」
「そっか。大事なんだ。」
―――か、かわいい。
笑顔めっちゃ癒される。
見てるだけでドロドロに蕩けそう。
顔がニヤける。
囲いたい。
「咲……?」
「ん?」
「俺も咲のこと大事。」
「うん。」
「だからさ、嫌なことあったらちゃんと言えし。急に機嫌悪くなるのダルい。」
「わかった。」
―――のぞで嫌なことなんて、一切ないけど?
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