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第6話

クラスで過ごす時間も残り少なくはなったが、4月からはひとつ上の階に移動するだけで、教室の作りはほぼ同じはず。 2年でのクラス替えを終えてから、このまま持ち上がりで卒業を迎える。 約1年間通ったクラスに新鮮さはまるでなく、クラスの誰もが気の置けない友人と楽しそうに笑い合っている。 ガヤガヤと騒がしい教室に入ると、いつ面に声をかけられた。 「おはよ。あれ?ご機嫌じゃーん。」 「うん。おはよ。」 「胡蝶ちゃん、膝座って?」 「あーい。」 「お、珍しく素直。」 今ならなんでもイエスと言えるくらいには、気分がいい。 咲にでこを触られたから、世界がハッピーに包まれていた。 野口の膝の上に座り、後ろからぎゅっと抱きしめられる。 股間が尻に当たる感触は今も慣れないけれど、気に触るというほど不快ではない。 彼女がいない時間に持て余した腕を俺に絡めているだけで、この行動に意味はない。 もし意味があれば野口の股間が膨れるはずで、俺がそれに気が付かないわけがないから。 ノンケとゲイの世界は平行線で、決して交わらない。 俺が女子に勃たないように、こいつらも俺では勃たない。 そのことを頭では理解しているが、咲への想いが打ち消せるほどの威力はない。 「のぞみんて性欲あんの?」 「むしろ性欲しかない。」  「その顔で絶倫は笑う。」 「C組のみきちゃん、ふったらしいじゃん。おっぱいでかいのになんで?1回揉んでおこうって発想はないの?」 「お前らみたいに雑食じゃなくてグルメだから。」 「タメも年上も年下も巨乳もダメで、何がグルメよ?ゲテモノ好きなんじゃね?」 ある意味で的を得た発言に、背中がヒヤリとする。 華奢で可愛い女子を普通にかわいいと思うし、見ていると優しい気持ちになれる。 これを一般的な感情で言うと、きっと子供を見ている感覚に近い。 かわいいし癒されるけれど、性的指向は向かない。 「超外見重視派なんで。俺よりかわいいがマスト!」 無駄に女子にモテる俺が考えた答えが、この決まり文句だった。 夢みがちなキモい男には映っても、ゲイバレするよりは格段にマシ。 こいつらに本音を知ってほしいとも思わなければ、ノンケの世界に染まる気もない。 架空の女を捏造することよりも、誰とも付き合ってないほうが気楽だった。 「それ生身で実在してる?漫画やドラマの世界じゃねえから。」 「夢見るお年頃なんで、放っておいて。」 「イマジナリー彼女とか、一生童貞じゃん?」 「童貞に誇りを持てば、ステータスになるから。」 「童貞の絶倫はウケる。スキルつかえねぇ!」 「彼女いるからって、人のことなめすぎな?」 「てかそんなんで経験あんの?」 「そんなん言うなし。何回も抱いてるわ。」 「イマジナリー彼女を?」 「言ってろ。」 内容のない会話が、Wi-Fiのように無秩序に飛び交う。 咲に触れられた額を触って思いだしていると、ポケットにしまっていたスマホが震えた。 バレないように通知を確認すると、見慣れないトプ画に見知った顔。 「呼び出し行ってくる。」 「ん?また先輩?この時期増えるよな〜。受験終わって学校生活に未練を残したくない的な?」 「毎年恒例行事だから。」 「今回は誰?」 「ノンデリ。」 「いいじゃん。どうせフるんだろ?」 中庭を突っ切って年季のはいった体育館の横が、バスケ部の部室。 普段は荷物が雑然と置かれていて、裏でまわしているAVの保管場所として男子には大変重宝されている。 放課後は騒がしいこの場所も、1限の授業前に訪れる人間は少ない。 「八木パイセン、お呼びすか?」 3年の先輩で、咲にくっついて部活に何度か顔を出し、面識がある程度の関係。 会話は何度か交わしたが、特にこれといって突出した思い出もない。 ―――ま、この顔に引っかかってんだろうな……。 母親譲りのこの顔は、俺にとって歓迎するものではない。 このルックスに引っかかるのは、大抵ノンケかバイセクの男ばかりだから。 女子の延長線に勝手に俺を置いて、その役割を押し付けてくる。 ―――もっと親父に似てたら、ゲイモテしてたのにな……。 ノンケにアナルセックスは敷居が高いだろうし、リアコは早々に諦めている。 咲には絶対に気づかれたくない。 だから、咲と関係が深そうな人間は絶対にパスしている。 すぐに無理だと逃げ出す咲は、鈍感なようで割と鋭い。 薄々何かに気がついていると仮定すると、これ以上リスクは増やせない。 お試しで誰かと付き合うのもありかなとは思っているけど、咲との時間を犠牲にして誰かといたいとは思えない。 咲が俺といるのが嫌になるその瞬間まで、隣にいたい。 「すきです。付き合ってください!」 「ごめんなさい。」 「だよな。」 「すね。」 「まあ、皆フラれてるから分かってたんだけど。」 「次行きましょう。」 「お前が言う?」 「記念告白すよね?」 「マジではあった。」 「っすか?来世絶世の美女に生まれたら、再チャレよろしくってことで。」 「男に興味ないもんな?」 「まあ、無理すね。」 「わかった。今まで通りでよろしく。」 「あーい。じゃあ。」 そう言って立ち去ろうとすると、手首を掴んで止められた。 「は?」という感情が表情にも現れていたのだろうか、俺が先輩と手首を見比べると、何も言わずとも手を離してくれた。 「なあ、キスとかも無理?」 「え?」 「ほっぺに軽いやつでいいから。」 「あー、じゃあ。」 授業の時間が迫っていた。 時間にうるさい教師から、無駄な説教で咲との大切な時間を削られたくはない。 腕を掴み少し背伸びをして、頬に軽く触れるだけのキスをした。 それでも、先輩は満足そうに微笑む。 「よっしゃ!マジありがとう!いい記念だわ。」 「あーい。お疲れっした!」

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