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第7話

「呼び出しって、バスケ部の八木先輩てマジ?」 「なんの話?」 「いや、見たやついるって。」 1年の時に同クラで、今では全く接点のない清水に呼びとめられた時点で、嫌な予感はしていた。 放課後の教室、誰もいないところを選んでくれただけでも、感謝するべきか? 時間に急かされて、周りなんて碌に気にしてなかった。 ―――マジか。AV漁りに来た誰かか? 先輩もそのくらい確認してから、告ってこいよ。 バレてんじゃん。 先輩に頭の中で悪態をつきながら、清水を見る。 1年の頃から、特に理由もなく嫌われていた自覚がある。 最初から仲良くもなかったし、好かれたいとも思ってない。 そんな相手がネタを掴んで得意げになっている顔を見ていると、苛立ちが募った。 「あー、普通にネタ告だけど。」 「ネタでキスする?」 「あんなんキスに入らないっしょ。ほっぺにしただけよ?」 「げ、マジ?ホモとかキモい。」 「この多様性の時代に?化石じゃん。」 「キモいだろ。てかお前もよく男にできたな?俺なら絶対無理。」 ―――無理すか。そうすか。だから何? 自分を真っ向から否定された怒りよりも、吹聴してる誰かに対する怒りが勝る。 誰かに迷惑かけてるわけでもなし、こそこそ他人の告白を盗み見て嘲笑っていた誰かに、心底腹が立った。 「こんなん、別に。」 「誰とでもできますわ。」 清水の胸ぐらをつかんで、そのまま自分の唇に相手の唇を押し付けた。 キスとも呼べないような稚拙な行為に、清水は瞳を大きく見開いている。 「え?」 「な?ちょろいでしょ?」 息がかかる距離で声をかけても無反応で、ただ藁半紙のように顔色が悪い。 ―――ざまあみろ! 嫌いな人間にキスする不快感よりも、こいつに一泡吹かせてやりたい気持ちが強い。 朝のハッピーな気分を一気に萎えさせた八つ当たりも兼ねているから、絶望に満ちたこいつの顔を見れて、少しだけ気が紛れた。 最終下校を知らせるチャイムが響く中、清水だけがこの世界に取り残されたように固まっている。 「ファーストキスげと、てか?」 「ざけんな!!!」 「はいはい。僕はふざけてます。」 「ふざけすぎだろ。こんな……なんで?」 「先輩のこと言ったら、お前とできてるってバラしまーす。」 「先輩かばってなんの得あんの?」 「他人のことウダウダ言う奴、クソだせえなってだけ。悪口は本人の前でだけ言いましょうって、友達に言っとけ。」 「うざ。」 *** 「のぞみん、八木パイセンとできてるってほんと?」 「ミーハーすぎん?普通にパチだわ。」 清水との一件から翌朝には、田中の耳まで噂が広がっていた。 田中の彼女と清水が同クラだから、伝わる速度が上がったのかもしれない。 ―――あいつ、マジでウザいわ。舌絡めとけばよかった。 「やっぱ嘘か。彼女が清水から聞いたらしくて、D組の女子が騒いでるって。」 「普通に嘘ネタ掴まされててウケる。みんなBLネタ好きだからね。」 「あいつのぞみんのこと妬んでたし。」 「は?」 「1年の時の清水の好きな子、のぞみん狙いだったから。」 「しょうもな。」 「彼女に言っとく。意味ないかもしれんけど。」 「パイセンに迷惑かかんなきゃいいよ。すぐにみんな飽きるっしょ。」 「いや、のぞみんが困るでしょ?」 「別に非リアだし、困ることないよ。」 「いやいや、男イけるってなったらやばいじゃん?」 「そんな飛躍する話?付き合ってないのなんて、見てりゃわかるじゃん。挨拶しかしたことねぇし。」 「男から告られるんじゃね?」 「マジで?時代を感じるね。」 中学に入学して、男に告られたのは八木先輩で3人目。 卒業シーズンに、後は野となれ山となれ精神で告られる程度の存在。 母親には随分心配されるけど、残念ながら男ウケはそんなによくない。 周りに選びたい放題の可愛い女子がわんさかいて、男の俺に釣られるのはごく稀だ。 そう思いながら暢気に笑っていた、何も知らない1限前。

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