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第8話
「いや……みんな、アホなんかよ?」
「大丈夫?」
「未読スルーかましとこ。」
「毎秒呼び出されてんじゃん。ウケる。」
2限を終えるくらいには、既にスマホの電源を切りたいくらいの気持ちでいた。
俺の個人情報がでかでかと教科書にでも載っているのではないかと疑う程、顔も名前も知らない奴からの通知に辟易とする。
「ジロジロ見られて、トイレに行けないの地味に辛いんすけど。膀胱炎になりそ。漏らしたらめんご。」
「かわいいもんな~。のぞみん。」
「あー、わり。田中のことは割と好きだけど、恋愛的な好きではないから。勘違いすんな?」
「勝手に告ったことにして、フルのやめて?」
「てか面倒だから、田中と付き合ってることにしとくわ。口裏合わせといて。」
「炎上もやめて。彼女と誰も得をしないド修羅場よ。あ、トイレついてってあげよっか?」
「見たいの?」
「いやいや、お前が掘られないようによ。」
「肉便器?」
「いや、真面目に気をつけなよ?背後取られんように。捕まったら即ダッシュで、陸部の脚力みせてやれよ。」
「はは。ま、校内だし問題ないっしょ。」
告ってきたのは全て男の先輩。
駆け込み需要にしては、1年の頃と桁があまりにも違い過ぎる。
普通に見た目に釣られてホイホイ告ってくるんだろうけど、大人しく女行けよ。
どうせノンケだろ?男の俺とナニをすんのよ??そのあたりも理解してんのか???
むしろ無理やり理解させて、こっちの扉こじ開けてやろうか???
―――あー、腹立つ。キレそう。
腹立ちすぎて、舐め腐った奴らを全員返り討ちにしてやりたい。
責められるのは、性に合わない。
女子っぽい見た目をしているからって、中身が女子とは限らない。
羊の皮を被っているだけで、みんなが期待する俺を演じているだけで、それがコアな俺だと判断するのはあまりも浅はか。
―――ま、誰も俺の中身なんて興味ないんだろうけど……。
そんなことをぼんやり考えながらトイレに向かうと、腕を掴まれて理科室に連れ込まれた。
「は?」
鼻に刺さる薬品の匂いが充満する、独特な教室。
普段は施錠されているはずなのに、どこかの馬鹿が締め忘れたのかもしれない。
遮光カーテンがきっちりと締められていて、廊下の喧騒が遠く感じた。
無機質な冷たいテーブルに押し付けられ、目の前に見知らぬ顔がある。
「胡蝶。」
「ストップ!いやいや、何すか?てか誰すか?」
「男イけるって本当?」
「パチです。」
「マジで?」
「マジで。」
腕を思い切り突っ張って、先輩の胸を押し返す。
最初からその気はなかったのか、俺の抵抗にあっさりと腕の拘束を解いだ。
「だよな。急に上手すぎると思ったもん。八木にキスしたのは?」
「パチです。」
「それもパチ?」
「全部パチです。俺、めちゃくちゃ嫌われてるんで。」
「はあ。」
「なんか……期待させてさーせん。」
「俺が言うことじゃないけど、大丈夫?」
「マジで先輩にだけは言われたくないっすね。」
たった半日で、一年分は告られた気がする。
どろっと濃縮したお高い野菜ジュースのように、喉の奥にひっかかる。
知らない奴も知ってる奴も、総じて未読スルーをかます。
元々マメに返信するタイプではなく、報連相は気分でするもの。
―――咲の耳に入ってないかな?
そればかりが気がかりで、何も手につかない。
自分からゲロって地雷を踏むようなことは避けたいが、確かめる術がないせいで余計に気持ちが焦る。
すぐに沈下すると思っていたのに、どこかの馬鹿が先輩にキスした話を別口で広めているせいで、噂に信憑性が生まれてしまった。
咲は俺以外の誰かと会話することは少なく、あからさまに避けている節がある。
昔から口下手で、典型的B型と揶揄される俺以上に協調性がない。
女子に何を聞かれても面倒くさそうにしているし、会話をひろげる努力も好かれるための見栄もない。
その自然体で飾らないところも魅力なんだけれど、その魅力に気がつく高尚な女子は少ない。
俺の欲目フィルターだけでなく、見た目でいえば絶対にモテるはずなのに、女子から咲の名前を聞く機会はほぼ0だ。
そこに安心感を覚えるのと同時に、咲の魅力を全面に推したい気持ちも少なからずある。
―――こんなにイケメンなのに、勿体ない。
自分の見た目にも興味がなく、洋服や髪にも気を遣わない。
年頃の男なら女子の視線を意識して、少しでも格好良くみせたいと思うはずなのに……
そういう自分を飾るという興味が希薄すぎる。
いや、素材がいいから、変に飾らなくても十分なのだけれど……
誰にも縛られることがない白鳥のように、優雅にぷかぷかと水面を漂っている。
中学に入学したころ、咲のベッドで見つけた派手な雑誌。
咲のシンプルな部屋に似つかわしくない、どぎついピンク色の蛍光色の表紙。
どんな女に興味があるのかと開いてみると、色白の女が身体に似つかわしくないサイズのおっぱいを揺らしていた。
―――マジか。こういうおっぱいがいいんか……?
年頃の男子なんだから当たり前なんだけれど、堅物そうな顔して普通に興味あるんだなって思うと落胆する。
性にも十分興味があって、女子に対してあの塩対応は意味が分からない。
すぐに繋がるスマホの存在がウザくて電源を切ると、田中が不安そうに頭を撫でてきた。
「マジ大丈夫?」
「聞いて。さっき先輩に空き教室連れ込まれた。ここスラム?男子猿すぎてこっわ。」
「陸部で鍛えてる成果でたな。先輩に感謝しろよ?」
「ほっぺに軽くよ?そんなん挨拶じゃん。清水の話も鵜呑みにするし、根拠のない噂をなんで簡単に信用できんの?読解力ヤバすぎ。小学校卒業してない奴が混じってんだろ。」
「のぞみんがやるから、ヤバいんしょ?」
「みんな俺に夢を見すぎな。BLは漫画だけで十分。リアルはほぼ犯罪。イケメンのみ無罪。」
「ほいほいキスするから、尻軽だと思われたんじゃね?」
「キスで尻軽なら、彼女持ちのお前らは淫乱だな?で、最近いつセックスした?」
「ノンデリ。」
彼女からのLINEを秒で返す田中の指先を見つめながら、咲も誰かと付き合ったらこいつみたいに豹変するのかなと思うと、さらに気持ちがどっぷりと沈んでいく。
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