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第9話

田中と話していると、いつも通り不機嫌そうな咲が顔をだした。 「のぞ。」 「あー、咲。どした?」 「既読つかないから来た。」 「あー、わり。電池切れ。何?」 「男に告られてるって、女子に聞いた。」 ―――マジかよ?清水、呪うからな。 「咲が知ってるってことは、もう全校生徒知ってんな?これ。」 「大丈夫?」 「普通に平気。断れば済む話だから、ご心配なく。」 咲はいつも無表情だから、感情が極端に読み取りにくい。 俺の返答に特にリアクションはなく、男から告られる幼馴染に引いている様子もない。 からとて、ゲイの俺にはノンケの考えはよく分からない。 「トイレとかついてく?」 「いいよ。自分の膀胱の可能性を信じてるから。」 「漏らしたら引くから、大人しく行こ?」 咲に連れられて廊下に出ると、大きな背中からは不機嫌な気持ちが溢れていた。 ―――なんか、怒ってる? 「咲?」 「ん?」 「誰とも付き合ってないから。」 「わかってる。」 「八木先輩とのぞ、挨拶しかしないもんな。」 「他の奴からじゃなくて、俺に直接聞いて。」 「わかってる。」 俺の言葉に淡々と返答しつつも、言葉のトゲは抜けきらない。 「別に、トイレまで付き合ってくれなくていいし。」 「俺がしたくてしてる。」 「あと、ほっぺに軽くしただけだから。」 「ほっぺ?なんの話?」 ―――え?まずった!?墓穴掘った!!!! 八木先輩の名前まで知ってたから、てっきり全部知っているものだと誤解してしまった。 「のぞ、なんの話?」 「そういえば昨日のドラマ見た?まさかあそこで犯人出てくるとは思わなくない?俺普通に医者が怪しいと思ってたからさ。」 「で、ほっぺに軽く何をしたの?」 ―――流石に誤魔化されないか……。 さっきよりも表情が怖い。 いや、今まで見た中でダントツに怖い。 元々涼やかな目元がさらに尖り、天井から見えない空気に圧迫されているかのような息苦しさ。 直視する勇気はなく、手を洗うため視線を避けた。 「ええと、キス的な何かです。」 「はあぁ?」 俺の言葉にドン引きしながら、鏡越しの咲に睨まれた。 背中に刺さるキツイ視線で、鏡まで割れそうだ。 「キモいって思う?」 「いや。」 「軽蔑する?」 「しないけど。」 「けど?」 「なんでキスした?」 「先輩にしてって言われたから。」 「はぁぁああ???」 バスケの試合中ですら、こんな怒号を聞いたことはない。 いつも感情をあまり言葉にのせない咲が、怒りを曝け出していた。 「こわ。」 「しろって言われたらすんの?誰にでも?まじありえねーから。のぞのモラルどうなってんの?」 背中から耳元でド正論をぶつけられ、消えたくなる。 「ご、ごめんて。そんな怒んなよ。」 「いや、俺に謝っても意味ないっしょ?」 「でも迷惑かけてるから。」 「こんなん迷惑に入らない。呼び出されても行くな。絶対に男と個室で会うな。しつこい奴いたら言え。潰すから。」 「潰すって、物理的な意味を含んでますか?」 俺の言葉に返答はせず、左肩にトンと寄りかかってきた。 ぐりぐりと額を押し付けてくる姿が可愛くて、痛いくらいにまっすぐな髪を撫でる。 ―――かっわいい。 拗ねたような表情には既視感があって、まるで昔の咲を見ているようだ。 久々に咲の心が垣間見えた気がして、嬉しい。 俺が笑うと頬をぐにっと引っ張られ、ふて腐れたように話し始めた。 「のぞは自分がかわいいってこと、気がついてない。」 「いあ、しっへる。」 「いや、気がついてる奴の行動してない。気がついててそれはさすがにアホすぎる。」 「ちょい?悪口挟むのやめて。」

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