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第12話

快速の止まらない最寄り駅から、他人の温もりを感じながら電車に揺られること40分。 スマホの乗り継ぎを確認するまでもなく辿りつける、行き慣れた場所。 色んな匂いと人と建物が、無秩序に溢れていて。 その計画性のない空気が、なぜか肌に合う。 みんな他人で、誰にも自分を隠さずにいられる場所は、異国に遊びに来たような解放感があった。 時間を確認すると、約束まであと10分程。 店に入るほどではないけれど、ここでじっとしているのもなーと思いながら周りを見渡す。 ここに来ると、地元が田舎だなと実感する。 多種多様な外見をしている、地元では決して出逢わない人たち。 SNSで募集するとすぐに捕まるフッカルな相手と遊ぶのに、この喧騒はちょうどいい。 「ねーねー。誰か待ってんの?」 「さっきから座ってるよね?友達来ない感じ?」 聞こえなかった体でフードを深く被りなおそうとすると、声を掛けてきた男に止められた。 やや強引にフードをとられると、軽薄さを全面に張り付けた男たちと視線が絡む。 「やっば。超かわいいじゃん!!」 「アイドルとかモデルでもやってんの?ヤバイね!ドタイプだわ。」 ヤバイのはお前らの頭だ。 そう罵ってやりたかったが、経験から関わらない方が賢明であることをいい加減覚えた。 「男です。」 「絶対うそ!」 「いや、割とガチで。喉仏、見えます?」 「マジで?男?」 「っす。」 「あー、でも全然いけるわ。」 「さーせん。俺は全然いけないんで。」 強引な男たちに腕を引っ張られていると、目の前に影が出来た。 「お待たせ。」 「なんだ、男いんのかよ。」 中学生の進藤に睨まれて、そそくさと逃げ出すモブの背中。 その背中にくっ付いていった方が、俺にとっては幸せだったかもしれない。 ―――なんでお前がこんなとこにいんのよ……? 「どちらさま?」 「私服初めてみたわ。かわいいね。フードなんで被ってんの?髪色も目の色もいつもと違うし、最初誰かと思ったわ。」 「人違いでーす。」 「今野待ち?」 「咲ならこんなとこで待ち合わせしない。」 「確かに。あいつナンパ嫌がりそうだもんね。てことはデートじゃないんか?」 「最悪。」 性処理の前に知り合いに会うなんて、マジで最悪。 進藤は1人で来たのか、楽しそうに話しかけてくるが頭に全然入ってこない。 さっさと撒くか移動しないとヤバイと思いながら腕を引っ張ると、最悪なタイミングで名前を呼ばれた。 「「のんく~~~ん!!」」 「手振ってる子達、知り合い?」 「帰れって。」 「あの子達見ない顔だけど、何繋がり?」 「いいから帰れって。」 俺の言葉に素直に従うタイプではもちろんなく、俺とあの子たちを見比べる。 彼らは派手な色合いのパーカーに、タイトすぎるズボンを穿いていた。 人目でノンケではないことがバレる装い。 「きゃああああ!!!のんくん会いたかった!!めっちゃ美人!麗しいわね!!」 「てかこっちの彼もイケメン!めっちゃタイプ!!のんくんの彼氏?」 最初からテンション設定がズレている2人に引きながら、恐る恐る進藤を見る。 特に引いているという様子はなく、ただ戸惑いに満ちた笑顔を浮かべていた。 流石にバレているだろうから、誤魔化しようがない。 取り繕うことは諦めて、進藤の服の裾を引っ張ると…… 女子に向けるとびきりの笑顔で、肩を寄せてきた。 「のんくんの彼氏でーす。」 「ノるな。捏造すんな。」 「いいじゃん。みんなで仲良くしよ?」 「マジお前に関係ないから。」 「え、彼氏じゃないなら紹介して?」 「ごめん。こいつそういうのじゃなくて、たまたま会っただけ。」 「そういうの?」 「こっち、ゲイ友だから。お前に関係ないだろ?わかったら帰れって。」 「楽しそうだしまざるわ。」 「「きゃああああ!!!」」 「いやいやいやいや、正気か?」 「で?どこ行くの?」 「普通にカラオケ。」 「俺とは行かなかったのに?」 「D女と行けって言ったろ?女好きなんだから。」 「あー、ギャルは苦手なんだよね。」 「てかまじで帰ったほうがいいし。」 「なんで?」 「男に触られたくないっしょ?」 俺の言葉に悪い笑みを浮かべると、つま先から髪先まで視線でゆっくりと嬲られる。 全身の毛穴が一気に逆立ち、あからさまな視線に身震いした。 「はーん。胡蝶は触られたいのか。」 「うざ。」 「てか俺が胡蝶を触るのはありなん?」 「は?触りたいの?」 「触りたい。てか、ぶっちゃけハメたい。」 「いや、お前は無理だわ。」 「なんで?顔は合格なんだろ?」 「いや、リア友って普通にキツいじゃん。」 学校でどの面下げてこいつに会えばいいのか……。 進藤と咲は同クラだから、毎日のように顔を合わせる相手とヤるのは、気まずいどころの話ではない。 「今野はこのこと知らないよな?」 「マジで咲には言うなよ?」 「えぇ〜〜〜、どうしよっかな〜〜〜?」 「は?バラす気?」 「俺と遊んでくれたら考える。深く考えんなよ。気持ちよくなるだけじゃん。」 反応を愉しむように、手慣れた様子で腰に手を回してきた。 振り払おうと腕を掴むと、耳を噛んできた。 ―――こいつ、性格悪い!ぼっちなのめっちゃ分かる!!! 「お前、クソだな?」 「いいじゃん。ヤろ?」 こいつ、女好きなんじゃなかったか? いつもの冗談で言ってる感じ?? それとも、穴があればイけるタイプ??? いまいち本心が見えない進藤に不安を覚えたが、咲にバラされるよりは何億倍もまし。 俺にイエス以外の選択肢はない。 「お前んち親いる?」 「今日は留守。」 「わかった。」 「ごめん!今日抜けるわ。」 「えー?のんくんと会えるの楽しみにしてたのに!」 「ごめん。また誘って?」 「次は俺とバニラしよ?それとも今から3人でする?」 「えー!ズルい!僕も混ざる!!のんくんの食べたい!」 「ごめんね。またね。」 噴きだしそうな進藤の背中をバシバシ叩きながら足早に立ち去ると、進藤が顔を寄せてくる。 「さっきの子たちはセフレ?」 「いや、SNS繋がりで会うの初めて。」 「めっちゃ積極的な友達だな。胡蝶の食べたいって言ってたし。あの子たちも中学生?ゲイの世界は乱れてんなあ。」 「普通じゃね?ヤリモクだし。」 「やっぱ喰われちゃってるのか。」 「てかキモくないの?」 「いつも胡蝶をキモい目で見てるから。」 「進藤くん、セクハラやめてください。」 地元に戻ると、先ほどの喧騒が嘘のような静けさ。 目に刺さるような奇抜な色はなく、見慣れ過ぎてただ朽ち果てたような退屈さを残している。 駅前にある一番高いマンションの最上階が、進藤の家だった。 戸建てが多いこの地域で、駅前だけ取り繕ったようにマンションが立ち並んでいる。 女を呼ぶことが多いせいか、男にしてはやけに整理整頓が行き届いた清潔そうな部屋。 「緊張してる?」 「リア友とするの、はじめてだわ。」 「今野とマジでしてないんだよな?」 「だからないって。咲は男に興味ないし。」 「は?」 「何?」 「いや、俺が口だすことじゃねえわ。」 「シャワー借りていい?」 「どうせ汗かくし、後で一緒に浴びない?」 「バニラの予定しかなかったから、準備してない。」 「準備?」 「いくら変態でも、スカトロの趣味はないだろ?」 「大人しく待ってまーす。」

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