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第14話
翌日になっても、昨日の浮遊感がなかなか抜けない。
炭酸の抜けたコーラのように、身体が甘ったるくて気が抜ける。
田中にはなぜか朝からずっと気を遣われて、見透かされているようで気恥しい。
ノンケとするのは絶対無理だと思っていたのに、もっと酷いことされると思っていたのに……
恋人にするような甘いセックスで、脳内がお花畑状態。
朝からずっとこの調子で、気がつけば授業が終わっていた。
―――マジで俺、猿だわ。
ぼんやりと頬杖をついていると、珍しい人物が顔を出した。
「田中ー!胡蝶くん、ちょっと借りていい?」
「どーぞ!どーぞ!」
「あれ、あやちゃんだっけ?来るの珍しいね。」
「胡蝶くん、ごめん!ちょっといい?」
活発そうなショートカットに、黒目がちなたれ目が特徴的な顔。
女子バスケ部で、ノリのよさや見た目から男子に人気があったはず。
でも、俺とは挨拶したことはあっても、特に関わりはない。
「どしたん?」
「あのさ、今野くんと仲良いよね?」
「咲?」
咲の名前があやちゃんからでた途端、頭の中で咲き乱れていた花畑が一気に枯れ果てた。
人生で一番呼んでいる名前なのに、女子から呼ばれると違和感しかない。
「今野くん話しかけんなオーラ凄くて近寄れないんだけど、胡蝶くんは話しかけやすくて助かる!」
「うん。それで?」
「今野くん、彼女とかいるかな?」
いるって言って追い払いたい邪念と、今にも泣きそうな顔を見られたくない気持ちで心が潰れる。
俯きながら顔を隠して、零れそうな感情に蓋をした。
「あー、咲はどうだろ?そういう話しないから。」
「だよね。バスケ部の他のメンバーにも聞いてみたんだけど、挨拶すらしないらしくて。好きなタイプとかあるのかな?」
「ごめん。そういうの聞いたことない。」
「ごめんね。急にうざいよね。」
俺の歯切れの悪い返答を、迷惑をかけていると即座に感じられる素直で聡明な女子。
昨日とは異なる胸の鼓動に、吐きそうなほどの嫌悪感が身体を覆う。
―――やっぱり、咲にも来ちゃったか……。
「大丈夫。あやちゃんかわいいから、咲もきっと喜ぶ。」
「ありがとう!頑張るね!」
心にもない言葉を、精一杯の笑顔で吐き出す。
酸欠のように、クラクラと足元が揺れた。
「なんか体調悪い?」
「んー……。」
「あやちゃんにフラれた?」
「なんで呼び出されてフラれんのよ。嫌がらせじゃん。」
「今野お気にって聞いてたけど?」
「知らん。」
「あー、ふて寝?」
田中に甘やかすように頭を撫でられていると、たまたま通りかかった河合に声を掛けられた。
「あれ?胡蝶ちゃん、イマジナリー彼女とシたの?」
「んー?」
「首の後ろに痕ついてる。」
「え?」
「気がついてなかった?髪の毛で隠れるけど。濃い目のキスマ。」
―――あの野郎。つけやがったな!!
ただのセフレのくせに、ノンケのくせに……
怒りでわなわなと震えながら、昨日バックでヤったこともズルズルと芋づる式に思いだした。
最悪。マジで猿すぎる。
あいつが巧すぎるから、俺のせいじゃない。
全て進藤のせいだと悪態をつきながら、机に突っ伏す。
「普通に生身の相手いるんじゃん。同中?」
「違う。」
「写真ないの?胡蝶以上とかマジで見たい。」
「ないない。写真撮ると魂抜けるタイプだから。」
「え、ババア?てかさ、襟足の白い肌にっていうのがエロいね?」
完全に面白がって、男にしては長めの髪を束ねて凝視してきた。
キスマを指先でなぞられて、首筋をくすぐられる。
そんな些細な刺激で、身体の奥に残る熱が表面に浮かび上がる気がした。
―――なんか、身体がまだムズムズする。
勃起のような性急さとはまた違う、ドロドロとした快感の湖が身体の奥に溜まっている。
「親父やめろ。」
「な、感じちゃった?ちょい顔見せてみ?」
「やだ。」
「気持ちかった?」
「まーまー。」
「ついに童貞卒業しちゃったか。お兄さん寂しい。」
「お先にごめんね?」
「いや、俺も経験あるし。あんまなめんな?」
「胡蝶ちゃんとって、ほぼ百合じゃね?」
「ちゃんと立派な松茸ついてるわ。」
「強がんなって。ポイフル並だろ?」
「お前よりはデカい。」
「やだエッチ!」
河合に揶揄されながらも、頭のなかではあやちゃんと咲の幸せそうな顔が浮かぶ。
咲の顔を見たら、泣いちゃいそう。
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