15 / 46

第14話

翌日になっても、昨日の浮遊感がなかなか抜けない。 炭酸の抜けたコーラのように、身体が甘ったるくて気が抜ける。 田中にはなぜか朝からずっと気を遣われて、見透かされているようで気恥しい。 ノンケとするのは絶対無理だと思っていたのに、もっと酷いことされると思っていたのに…… 恋人にするような甘いセックスで、脳内がお花畑状態。 朝からずっとこの調子で、気がつけば授業が終わっていた。 ―――マジで俺、猿だわ。 ぼんやりと頬杖をついていると、珍しい人物が顔を出した。 「田中ー!胡蝶くん、ちょっと借りていい?」 「どーぞ!どーぞ!」 「あれ、あやちゃんだっけ?来るの珍しいね。」 「胡蝶くん、ごめん!ちょっといい?」 活発そうなショートカットに、黒目がちなたれ目が特徴的な顔。 女子バスケ部で、ノリのよさや見た目から男子に人気があったはず。 でも、俺とは挨拶したことはあっても、特に関わりはない。 「どしたん?」 「あのさ、今野くんと仲良いよね?」 「咲?」 咲の名前があやちゃんからでた途端、頭の中で咲き乱れていた花畑が一気に枯れ果てた。 人生で一番呼んでいる名前なのに、女子から呼ばれると違和感しかない。 「今野くん話しかけんなオーラ凄くて近寄れないんだけど、胡蝶くんは話しかけやすくて助かる!」 「うん。それで?」 「今野くん、彼女とかいるかな?」 いるって言って追い払いたい邪念と、今にも泣きそうな顔を見られたくない気持ちで心が潰れる。 俯きながら顔を隠して、零れそうな感情に蓋をした。 「あー、咲はどうだろ?そういう話しないから。」 「だよね。バスケ部の他のメンバーにも聞いてみたんだけど、挨拶すらしないらしくて。好きなタイプとかあるのかな?」 「ごめん。そういうの聞いたことない。」 「ごめんね。急にうざいよね。」 俺の歯切れの悪い返答を、迷惑をかけていると即座に感じられる素直で聡明な女子。 昨日とは異なる胸の鼓動に、吐きそうなほどの嫌悪感が身体を覆う。 ―――やっぱり、咲にも来ちゃったか……。 「大丈夫。あやちゃんかわいいから、咲もきっと喜ぶ。」 「ありがとう!頑張るね!」 心にもない言葉を、精一杯の笑顔で吐き出す。 酸欠のように、クラクラと足元が揺れた。 「なんか体調悪い?」 「んー……。」 「あやちゃんにフラれた?」 「なんで呼び出されてフラれんのよ。嫌がらせじゃん。」 「今野お気にって聞いてたけど?」 「知らん。」 「あー、ふて寝?」 田中に甘やかすように頭を撫でられていると、たまたま通りかかった河合に声を掛けられた。 「あれ?胡蝶ちゃん、イマジナリー彼女とシたの?」 「んー?」 「首の後ろに痕ついてる。」 「え?」 「気がついてなかった?髪の毛で隠れるけど。濃い目のキスマ。」 ―――あの野郎。つけやがったな!! ただのセフレのくせに、ノンケのくせに…… 怒りでわなわなと震えながら、昨日バックでヤったこともズルズルと芋づる式に思いだした。 最悪。マジで猿すぎる。 あいつが巧すぎるから、俺のせいじゃない。 全て進藤のせいだと悪態をつきながら、机に突っ伏す。 「普通に生身の相手いるんじゃん。同中?」 「違う。」 「写真ないの?胡蝶以上とかマジで見たい。」 「ないない。写真撮ると魂抜けるタイプだから。」 「え、ババア?てかさ、襟足の白い肌にっていうのがエロいね?」 完全に面白がって、男にしては長めの髪を束ねて凝視してきた。 キスマを指先でなぞられて、首筋をくすぐられる。 そんな些細な刺激で、身体の奥に残る熱が表面に浮かび上がる気がした。 ―――なんか、身体がまだムズムズする。 勃起のような性急さとはまた違う、ドロドロとした快感の湖が身体の奥に溜まっている。 「親父やめろ。」 「な、感じちゃった?ちょい顔見せてみ?」 「やだ。」 「気持ちかった?」 「まーまー。」 「ついに童貞卒業しちゃったか。お兄さん寂しい。」 「お先にごめんね?」 「いや、俺も経験あるし。あんまなめんな?」 「胡蝶ちゃんとって、ほぼ百合じゃね?」 「ちゃんと立派な松茸ついてるわ。」 「強がんなって。ポイフル並だろ?」 「お前よりはデカい。」 「やだエッチ!」 河合に揶揄されながらも、頭のなかではあやちゃんと咲の幸せそうな顔が浮かぶ。 咲の顔を見たら、泣いちゃいそう。

ともだちにシェアしよう!