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第15話

「のぞ、帰ろ。」 「あーい。」 先ほどの会話が、不愉快なほど耳の奥に残る。 いつもなら嬉しいはずのこの時間。 のぞの隣を独占出来て、好きなだけかわいい横顔を眺められる幸せ。 それなのに、さっきの会話がノイズのように心に響く。 「彼女できたの?」 耳を塞ぎたい気持ちと同じくらい、すべて知りたい相反する感情で心が詰まる。 それでも頭で考えるより先に、口から言葉が溢れていた。 「さっき少し聞こえた。」 「少し?」 「童貞卒業したとか。」 「ほぼ聞いてるやん。」 「誰?」 「咲の知らない子。」 「ふーん。」 「てか彼女は出来てない。」 「え?」 「普通に友達。」 「え、友達としたの?」 のぞ以外と喋る機会がないせいか、恋愛に疎いとは思うけれど…… それはありなのか? 挨拶しかしない先輩に簡単にキスできるくらいだから、全く経験がないほうがおかしいのかもしれない。 俺の知らないのぞの顔があることに、驚きよりも寂しさが買った。 モラル云々ではなく、俺が知らないだけでそういうことに慣れてんの? それとも、ただ興味本位でしたみた感じ?? のぞって、そもそも性欲なんてあった??? 色んな疑問がポンポンと頭に浮かぶが、その質問を本人にぶつける勇気はなく、頭の中でも見つからずに浮遊している。 いつも一緒にはいるけれど、俺はのぞの本音を全然知らない。 ずっと隣にいたはずのふにゃふにゃの赤ちゃんが、次の瞬間スーツを着こなす大人に急成長していたかのような戸惑い。 自分の狭すぎる常識が通じないのぞを見つめると、困惑したような目で微笑まれた。 「ええと、なんか責められてる感じ?」 「責めてない。」 「彼女じゃないのに不潔って思ってんでしょ?咲そういう感じだもんな。」 「別に。」 ―――俺、どんだけ堅物に思われてんの? 不潔どうこうではなくて、単純に羨ましい。 のぞがどんな顔でイくのか、どんな声を漏らすのか、どんなカタチをしているのか…… 俺が知りたくて仕方がない部分を最前列で見ていた女に、嫉妬で頭が爆発しそうなだけ。 今まで同クラの男たちと下ネタで盛り上がる姿は何度も見てきた。 それでも俺にその手の話題を振ってきたことも、女に関わることも一切話さない。 クラスでは付き合いでそういう話もしているけれど、女を片っ端からフっていることを考えれば、性に大して興味や関心が薄いタイプだと勝手に思い込んでいた。 それなのに、中2でさっさと童貞を卒業して…… しかもそれが正式な彼女ではなく普通の友達という衝撃は、あまりにもデカすぎる。 「咲から女の話とか聞いたことない。」 「部活忙しいし興味ない。」 「咲って、その……好きな子いないの?」 ―――その質問をのぞがするのは、ひどくね? 目の前にいるけれど、手が届かない。 のぞを見ると、白い肌からさらに色が抜けて、いつもの笑みも消え失せていた。 ―――なんか、顔色悪い? 「なんで?」 「なんでって聞くってことは、いるってことじゃん。誰?」 ―――マジで、聞くの?しかものぞが童貞卒業して大ショックを受けている今すか??鬼じゃん!!!! ここで告るのは、流石に分が悪いどころの話ではない。 ワンチャンどころか、キモい奴と一線引かれて即終了がオチ。 「ダルい。」 「何年つるんでると思ってんの?そういう話、少しは教えてくれてもいいじゃん!」 「マジだるいんですけど。」 「知らね。お前なんて、秒で振られろ!」 「のぞはいんの?」 「え?」 「好きな子。」 「ダルい。」 ―――え、それもいるのかよ? 昨日セックスした、まだ友達の女か? いや、最近よく喋ってる岡村さん?? それともやたら世話してくる野島さん??? ―――てかのぞとセックスとか、羨ましい通り越してクソ腹立つ!! 雨の日に毎回傘を忘れる呪いにかかれ。 熟睡してる時に毎日足をつれ。 激しめに滑って転んで怪我しろ。 電車毎回ギリギリ乗り遅れろ。 俺のダルいって返答には散々文句言うくせに、自分は許されると思ってんの? てか俺の存在って、好きな子を教えられないくらいのちっぽけなものなのか?? 俺たちの会話は量は多くても、質がない。 もしかしたら俺なんかよりも、田中や進藤の方がのぞのことを理解しているのではないかと思う節もある。 グルグルと遠回りしながら、肝心なコアな部分には触れていない。 そこに踏み込んだら、全ての希望が打ち消される恐怖心から、わざと踏まないように会話をしてきた気さえする。 そこに今日いきなり土足で踏み込まれて、俺の心はひどい苛立ちと恐怖で荒れていた。 「のぞってマジで自分のことしか考えてないよな?典型的な末っ子。甘えたの自己中。」 「それ咲には絶対に言われなくない!マイペースで典型的なひとりっ子じゃん!もう1人で帰る!」 「はいはい。」 「着いてくんな!」 「家近いんだから当たり前っしょ?」  帰ると言いながら、走り出すこともなく2歩先を歩く小さな背中。 その背中を見つめていると、のぞがいきなり振り返った。 また憎まれ口かと斜に構えていると、ブレザーの裾を遠慮がちに掴まれて見つめられた。 「な、何?」 「あのさ……嫌いにはならないで?」 「ならないから、離れて?」 ―――くうぅぅう!!!!!最高にかわいい!!!! 何それ?何このかわいい生き物。 マジで存在してる???リアルの人間なの???? 尊い。尊すぎる。まじ推せるわ。俺のすきぴ。付き合いて~~~~!一生甘やかして養いて~~~~!! これ以上可愛いこと言わんで。マジで。頼むから。 俺のなけなしの理性を崩しにかからんで? 「彼女出来ても、ちゃんと俺のことも構って。LINEもちゃんと返して。」 「彼女出来る予定ないし、LINEなんてのぞと母さんからしかこない。」 一生構うし、LINEなんて秒で返すし、1番の優先順位は迷わずのぞに決まってんじゃん。 決定事項っしょ? 俺の言葉に震えた下唇を噛みながら、ぼそりと呟いた。 「女バスのあやちゃんが、咲のこといいなって言ってた。」 「誰?」 「ショートで少し垂れ目の美人。」 「知らんし。それバスケの話じゃないの?」 「バーカ!!!」 「はあ?」 「マジムカつくんですけど!何スカしてんの?腹立つ。」 そういうと、乱暴に玄関のドアを閉めてしまった。 いや、待て待て? のぞのすきな子の話はもう終わりなの? 童貞卒業した詳細も聞けてないし、何ひとつ分からなかったんだけど?? 自分がひよったせいなのは棚上げして、急にキレ散らかしたのぞに悪態をついた。

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