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第22話

望海 ―――あー、やべ。まじ寝してたわ。 真っ暗な室内で枕元のスマホを確認すると、午前1時を回っていた。 暖かな部屋の明かりは消え、やけに静かだ。 寝すぎて重すぎる身体と頭を無理やり起こして、瞬きを繰り返す。 目が慣れてくると、机の傍で咲が倒れ込んでいるのがうっすら見えた。 俺が脱ぎ捨てた制服は、クローゼットの前のハンガーに綺麗にぶら下がっている。 「咲……寝てんの?」 そう声をかけても、反応はない。 寝る前と同じようにわざわざ部屋の隅っこのフローリングで、修行僧のように渋い顔をしている。 「なーんでそんな顔してんの?」 怖い夢でも見ているのかと顔を近づけると、至近距離で目が一気に開いた。 「こわ。」 「ひっ!!」 俺を見ると、まるで幽霊でも見たかのように怯えている。 そんなビビらなくてもいいじゃん。 まだ何もしてないよ。 しようとしただけで……。 「あ、起きた……?」 「な、何?」 「いや、怖い夢見てた?大丈夫?」 「見てない。何も見てない。」 「そ?なんかうなされてたから。」 「てか、どいて。」 「あー、悪い。」 胸を押されて身体を起こすと、下半身に違和感がある。 ―――あ、やべ。勃ってた……? シャツの裾で隠しながら、咲に借りた服を慌てて羽織る。 ―――気がつかれてはないよな……? 自分のベッドで勃ってる野郎なんて、キモいどころの騒ぎではない。 窺うように咲を見ても、俺とほとんど視線を合わさず、気怠そうに頭を掻いている。 「のぞ、寝過ぎ。」 「ごめんって。てか咲も寝てたじゃん。ベッド来ればよかったのに。」 「狭いし、のぞの寝相悪いし。」 「ごめん。自分のベッドなんだから起こせよ。」 「気持ちよさそうに寝てたから。」 「確かに安心するんだよな、この部屋。もはや第二の自室みたいなもんだし。」 「そうかよ。」 「なんか機嫌悪くね?」 「はよ帰れ。」 「遅いから泊まってく。朝帰るわ。」 「無理。」 「なんだよ、近いからいーじゃん。」 「近いから帰れよ。」 「お泊まり会とか、小学生ん時はよくやったのに。」 「サイズが全然違うし。」 「シングルじゃきついか。今度うち来る?」 「はあ?」 「ダブルだから、ギリ寝れるって。」 「いやいやいやいや、無理だろ。」 「なんで?」 「なんで同じベッドで寝れんの?」 「だよな。」 ―――キモいって、思われた……? 幼馴染って、どこまで許される? 子供の時と同じだと思ってたの、俺だけなんかな? ―――なんか、すげえ寂しい。 「のぞ?」 「帰るわ。」 「送ってく。」 「いいよ。」 「いや、暗いから危ない。」 「大丈夫。」 「いや、大丈夫じゃないから。」 「大丈夫だって。」 「じゃあ、自販行く。」 「は?」 「ついでに送ってく。」 ―――やさしい。すき。だいすき。 ダボダボのスエットを借りて、制服はそのままハンガーごと受け取る。 咲の好意に甘えて一緒に外に出ると、温度差に身震いした。 「寒い?」 「大丈夫。」 「これ着てな。」 咲が羽織っていたジャージを、ふわりと肩にかけられた。 「え?近年稀に見るほどくそダサいな。どこで買ったん?」 「誰も見てない。」 「咲。」 「ん?」 「あんがと。」 「うん。星綺麗だね。」 その声に見上げると、雲のない澄んだ空気の中、星が柔らかくきらめいていた。 夜に出掛けることは許されないから、解放感に胸が躍る。 「マジだ。田舎の特権。」 「そこまで田舎じゃなくね?」 「だって快速止まんないし。」 「あーね。」 「じゃあ、また明日。」 「おやすみ。」 咲の笑顔に見送られて、玄関が閉まる瞬間まで見つめられる。 保健室の大事だよの言葉が、頭でクルクルと踊っていた。 肩に掛けられたジャージに、こんな真夜中に送ってくれることに、俺がベッドを占領しても怒らない優しさに…… 胸がぎゅううっと締め付けられる。 マジで大事にされ過ぎている。 「咲、だーいすき。」

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