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第24話

望海 遅咲きの桜に見送られながら先輩たちが卒業し、俺たちはとうとう3年生になった。 寒い寒いと凍えながら過ごしていた日が嘘のように、ブレザー1枚で過ごせる日が増えてきた。 咲との関係は惨敗に惨敗を重ねていて、もはや俺が淫乱だと思われてる可能性すらある。 「嫌じゃない」「キモくない」という咲の優しさに思いきりつけこんで、性的なことを除外した恋人ごっこにつきあってもらっている。 このじゃれ合いからナニか芽生えないかと期待する俺の願望を打ち砕き、驚くほどに何もない。 ―――やはりノンケに迫っても、簡単には落ちないか……。 それでも、触ることすら嫌がられていたあの頃に比べたら、随分許してくれているとは思う。 からとて、セックスの楽しさを知っている俺に、他の野郎とのお触りなしはかなり効いている。 触れる行為はゲイ友との交流も含んでいるだろうから、アプリも消した。 咲の嫌がることをしたくはないし、僅かな嫉妬心に縋っていたい。 始業式を迎えた今日。 ひとつ上の階のB組に向かうと、田中に足止めをくらった。 高校受験を迎える俺たち3年が、異例のクラス替え。 今までそんな事例は聞いたことがなく、頭を傾げるしかない。 「3年でクラス替えとかだるくね?」 「あーね。D組民度低いって噂だったし、仕方ないんだろうけど。」 どうやらD組が学級崩壊に近い状態らしく、その治安を守るための異例の措置らしい。 合同行事がD組とは異なるせいで、今まで気がつきもしなかった。 情報通の田中にそのことを聞いても、実感が湧かない。 咲と田中はA組で、俺だけD組に飛ばされた。 咲とは1年から3年までことごとく他クラなのは、もはや神様に見放されているのではないかと思う。 「のぞみんと離れるの泣く。」 「いや、彼女と離れることに泣けよ。キモいわ。」 「修学旅行楽しみにしてたのに。」 「俺と風呂入りたかった?」 「それな。」 「キモ。」 「てか清水と同クラじゃん。気をつけなよ?あいつも荒れた原因みたいだし。」 「だる。」 「あ、でも彼女一緒じゃん。よろしくー!」 「マジか。田中の悪口で盛り上がれるの超楽しみー。」 「くれぐれも俺のイケメンキャラは壊さないように。そして彼女から俺への好き好きエピあったら、どんどん教えてください。夜中でも全然聞くんで電話ください。」 「すみませーん。ノイズがすごくて聞き取れませーん。」 田中と別れてD組を覗くと、なんだかはじめましての割合が多すぎる。 同クラも何人かいるが、挨拶すらしない連中ばかり。 ―――俺って神様だけじゃなくて、教師からも嫌われてる? 「あー、のぞみん!おっは!」 「あ、もしかしなくとも田中の彼女?はじめましてじゃない感すごいわ。写真はうぜえくらいに見せられてた。仲良かった奴と全員離れてるんだけど、イジメじゃね?」 「マジで?私もまた田中と離されて泣くんだけど。」 「だるいね。」 「担任ふくちゃんだっけ?頼りないな。」 「わかる。あの人適当だもんね。」 人の好さは認めるけれど、頼りない眼鏡の担任を思い浮かべる。 元D組の担任は精神を病んでいるせいで無期限休暇中で、新しい担任を嫌々押し付けられたらしい。 ―――なんか、不穏だわ。 「あれ?イケメンじゃん。」 「おは、胡蝶。同クラ初じゃね?」 「一緒だったんだ?」 「名簿みてねえの?秒で見つけたし。」 見知った顔に声を掛けると、俺と進藤の間を清水がわざと横切った。 「邪魔。」 「あ?」 「あー、ホモと同クラとかついてねぇわ。朝からイチャイチャしてんなよ。お前らキモすぎ。」 「おい。さすがにそれはイキりすぎじゃね?」 進藤は虫のいどころが悪いらしく、清水に向かって真顔で詰め寄る。 ―――いやいや、お前も何してんだよ? 「ほっとけって。」 「お利口さんの胡蝶くんは、バカとは話せませんか?」 「いいよ。恋バナでもする?」 「キモ。こっち見んな。」 「はいはい。」 清水が俺の後ろの席という最悪なポジ。 マジでこのクラス終わってんなー…… 俺もA組がよかったわ。 「胡蝶くん、久しぶり~~~!この前は本当にありがとう!でも撃沈でした。秒でフラれたの。泣く~~~!」 あやちゃんに抱き付かれながら咲との失恋話を聞いていると、清水の席の周りに続々とガラの悪い連中が集まる。 田中に聞いた学級崩壊の言葉が頭に浮かび、面倒くさすぎて萎える。 「てかさ、うちのクラスの女子、ブスしかいなくね?」 「わかるー。ハズレ引いたよなー?」 「同じ空気吸うの無理すぎ。キャハハッハ!」 「は?超うざ。笑い方キモ。」 「自分らだってブスのくせに、何イキってんの?」 「あ?ブスは黙ってろって。犯すぞ。」 「童貞が何イキってんの?やば。」 「あ?」 女子も前のB組と比べると、ギャルの割合が多い。 掴みかかりそうな男たち相手に、平然と自己主張できるタフな精神はマジリスペクト。 その度胸に敬意の念を抱きつつ、間に立って笑いかける。 「ゆかりんもななちゃんも超かわいい。だいすき。こいつらじゃなくて俺のこと構って?」 「のぞみん!!!すき~~~!!」 「超かあいい!!!」 好きと可愛いの安売りをしていると、ひとりで座っていた進藤が近づいてくる。 いつもの女子向け笑顔はなく、本当に機嫌が悪そうだった。 「な、進藤。うちのクラス、普通に治安悪くね?どした?」 「だから清水がいるから。」 「あいつ、あんなんだっけ?1年の時はもうちょい可愛かった気がしない。」 「しないのかよ。」 「なぜか俺めっちゃ気に入られてるし。」 「これ以上、目つけられんなよ?」 「俺、何もしてなくない?」 「いや、めちゃくちゃしてんじゃん。忘れたの?」 「あいつまだおこなのかよ。もう何年前の話よ。」 「確か2ヶ月も経ってなくね?」 「マジで初めてだったんかな?」 「記憶に残るやつすね。」 「記念に舌入れときゃよかったわ。」 「お前、本当に懲りないよな?」 「懲りないのあいつだろ?」 ちらりと清水のことを見ると、なぜかあちらも俺を見つめていた。 このまま目を逸らすのは負けた気がしてウインクを返すと、思いきり顔が引き攣った。 ―――見てんじゃねえよ。カスが!! 咲に男に告られたのバレたこと、俺も根に持ってるからな? 禁欲を命じられているからか、ちょっとしたことで無性に腹が立つ。 「てか、お誘いいつもらえるんすか?」 「は?」 「はじゃないよ。ずっと待ってんだけど。」 「あー、忘れてた。」 「忘れんなし。」 「あれ、なしで。」 「は?」 「キャンセル。」 「どゆこと?」 「お触りファンサ禁止になったんで。お前も田中を見習って彼女作れ。」 「はあぁ?」 進藤にそう告げると、タイミングよく担任が顔を出した。 名簿や全体を見渡しながらも、ちらちらと俺と視線が合う。 その視線に身に覚えがなく、ただ優等生面の笑顔を返した。 ―――え、俺もなんか目つけられてる感じ……?

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