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第25話
進藤
胡蝶とのセフレ関係が、惜しくも破綻してしまった。
セックスを過去一だと褒めてもらったから、次もあるだろうと驕っていたのが悪かった。
だからといって、気持ちがそれで途絶えるわけではない。
胡蝶が今野のことが好きだろうと、俺の気持ちに変化はないのだから。
D組の治安の悪さは始業式から変わらず続いていて、学級崩壊まではいかないが……
授業中のガラの悪さ健在だった。
いつ崩れてもおかしくはないなと思いながら、頼りない担任を見つめる。
担任は胡蝶を大変気に入っているようで、何かといえば声を掛けていた。
あからさまに贔屓されているのが見えても、胡蝶はそれを難なく受け取れるくらい自己肯定感が高い。
あのルックスなら生まれてから今まで、周りから愛されて甘やかされて育ったんだろうだから当然だ。
それを面白くないと思うものもいるだろうが、胡蝶の顔を見たら一発で納得できる。
これだけの容姿の人間はテレビの中でも稀なのに、それがこんな地方にいるんだから目立つなんてものではない。
誰とも付き合わない気の強いアイドルに、最初は冷めた印象しかなかったはず。
―――なのに、いつの間にこんなに惹かれてたんだろう……?
胡蝶との会話で鼻の下を伸ばしまくっている担任に呆れていると……
目の端に、清水が珍しく1人でスマホを弄っているのを捉えた。
「胡蝶とちゅうしたんだって?」
逃げられないように後ろからロックして耳元で告げると、肩をびくりと震わせた。
「は?」
「ファーストキス奪われちゃってキレてんの?かわいいとこあんじゃん。」
「初めてじゃねえし!ただキモかっただけだし。」
「キモいなら無視すりゃいいだろ?真っ向から絡みにいってるの謎すぎ。」
「うるせえし。目障りなだけだし。」
「胡蝶目立つもんね。かわいいから。」
「かわいくねえだろ。キモいだけ。」
「少なくとも、見た目はかわいいじゃん?」
「あれで男とかキモすぎる。」
「なるほど。あんなにかわいいのに男なのは勿体ないと?胡蝶かわいすぎて他の女子がブスに見えるって?」
「は?お前、人の話聞かないって成績表に書かれるタイプだろ?」
「おもろいわ。早速チクろ。胡蝶、ちょい来て。」
教師から胡蝶を引きはがすと、一瞬責めるような視線をおくられた。
その視線には気がつかないふりをして、胡蝶の肩を抱く。
俺の様子に、気の弱い担任が教室を後にした。
―――胡蝶は、てめえのものではないんだわ。
「どした?」
「清水がお前のことかわいいって。」
「んなこと常識じゃん?言われすぎて新鮮味ねえわ。」
「言ってねえって。」
清水は胡蝶を睨みながらも、顔が赤い。
―――え、マジで?清水もなの?人たらしすぎるんですけど……。
「てか、真っ赤じゃん。熱でもあんじゃね?」
「ひっ!?」
そう言いながら清水の紅潮した頬を両手で包み込み、自分の額をこつんと合わせる。
その瞬間、あれだけ騒がしかったクラスが一気に静まりかえった。
みんなの視線をぎゅっと集めながらも、胡蝶は清水を逃す気はないようだ。
唇が触れそうな距離で清水をまっすぐに見つめると、綺麗に微笑む。
すると、清水の頬だけじゃなく耳までも、面白いくらいに染まっていく。
ここまでくると、清水が不憫にすら思えた。
「とりま保健室行ったほうがよくね?なんなら布団の中でこの前の続きでもする?」
「触んなっ!!!」
清水に思い切り肩を押され、華奢な胡蝶が尻もちをつく。
赤い顔のまま清水が教室を飛び出すと、静かだった教室が一気に賑わった。
「あいつ、まだ反抗期?」
「いや、お前ってどこまで天然なの?こわ。」
「普通に嫌がらせだけど。」
胡蝶の天然さにドン引きしていると、今野がいつもの仏頂面で顔をだした。
「のぞ、帰るよ。」
「あ、咲!」
今野が現れた途端、胡蝶が破顔一笑する。
―――なんつうかわいい顔を見せるんすか……?
対今野だけに装備している、にゃんにゃん笑顔。
2年の頃はA組でこの笑顔を散々披露していたから、普通に付き合っているのだろうと思い込んでいた。
女子に見向きもしない孤高のアイドルは、鉄仮面の今野にベタ惚れだった。
その読みは正しかったけれど、どうやらどっちも感覚がズレてるタイプらしい。
両片思いを拗れに拗らせて、中3になっても進展しないのは、側から見ていると大分おもろい。
てか見ているだけでは飽き足らず、手を出したくなる。
「クラスまた別れたね。」
「あーね。咲はまたA組か。平和?」
「普通。」
「お前スルースキル完備してるもんな。」
「なんかあった?」
「D組治安わるいから、あんま来ないほうがいいわ。」
「気をつけなよ?」
「はいはい。」
「いや、元凶つくった人間が何言ってんの?」
「進藤だまれって。」
「のぞがターゲットってこと?誰?」
「いやいやいやいや、人殺しの目をしているよ?」
「とりま誰?」
「清水と岩井と岡島とか?」
「あー、バレー部のやつらか……。」
胡蝶の代わりに俺が答えると、今野は校舎へと踵を返す。
ずんずん進んでいく今野の背中を、胡蝶が舌打ち混じりに慌てて追いかけた。
「ちょ、待て待て。どこ行くん?直接何かされたわけじゃないよ?」
「何かされてからじゃ遅いだろ?先に絞めとく。」
不穏なことを平然とした表情で言いながら、イライラした気持ちが表情の代わりに足のスピードに現れる。
胡蝶が駆け足になりながら今野の腕を捕まえると、息を切らしながら説得を試みた。
「マジで待て!!推薦あるんだろ?大人しくしとけって。」
「別に殺さないし大丈夫。」
「何かあればちゃんと話すから。俺のこと信用してないの?」
「してる。」
「オケ。じゃあ俺がそっち行くから、こっちには来んな。」
「わかった。」
「よしよし。」
胡蝶の説得に渋々頷くと、3人でようやく帰路に着く。
珍しく俺の隣に胡蝶が並ぶと、小声で話し始めた。
「お前も余計なこと言うなよ?」
「余計なことって、胡蝶が嫌がらせに嫌がらせで対抗してる話とかですか?」
「進藤も推薦組だろ?俺にあんま構うな。」
「好きで構ってるからご心配なく。」
そう言って肩を抱くと、今野が間に割ってきた。
―――マジでセコム邪魔だわ。
「だから、触らせるなって。」
「あ、ごめ。忘れてた。」
2人の顔を見比べていると、胡蝶の白い肌がみるみる赤く染まっていく。
「あー……そういう感じ?へー、いつの間に?」
「ちが。」
「マジか、そうか……。だからキャンセルか。」
「いや、違うって!」
「何が?」
「咲は分からなくて大丈夫!」
「赤飯炊かなきゃな?」
今野の様子を見ていると、まだ付き合っているわけではなさそうだ。
そのことに安堵はするが、2人の両想いには変わらない。
今野に何を言われたのか知らないけれど、首まで真っ赤に染めながらガチ照れの胡蝶が憎たらしい。
―――この顔をさせてる今野、マジ腹立つわ。
「てかお前んちあっちだろ?」
「なんで進藤の家をのぞが知ってんの?」
「あー、前に遊んだことあるから。」
「いつの間に?てか進藤の家に行ったの?いつ?」
胡蝶に詰め寄る今野の肩を抱いて、耳に顔を寄せる。
「俺も胡蝶狙ってるから。」
「おい。余計なこと言うなって!!」
「のぞ、帰るよ。」
「こわ。マジで何?」
慌てる胡蝶に聞こえないように宣戦布告すると、今野の表情がみるみる強張る。
まだまだ試合は終わってないようだから、終了のホイッスルが鳴るまでは「ガンガンいこうぜ」のコマンドは維持する意思を固めた。
「のぞ、進藤にも気をつけて。」
「はあ?」
無事にライバル認定されたようで、怒りを隠すことなく俺を睨みながらそう伝えていた。
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