27 / 46

第26話

胡蝶は、2年の頃とは大分変わったと思う。 入学当初から人の目を惹くことに変化はなかったが、男たちとの接し方がまるで異なる。 それをさせているのが今野というのが大変気にくわないが、お触りファンサ禁止をしっかりきっちり守っている。 いつも誰かの膝の上で平然と笑っていたのに…… 見かけはにこやかに、言葉はソフトにアイドルらしい完璧な立ち回りを披露している。 「胡蝶ちゃん、あーんして。」 「おー、さんきゅ。」 沢井からの餌付けを指で受け取り、にっこり微笑む。 残念そうな顔を浮かべる沢井に、机に腰をかけながら髪をかきあげる。 「最近、ノリ悪くね?」 「清水達に弄られてるのに、よくできるな?ドMなの?」 「別に、意識する方が変じゃね?」 「面倒事に頭から突っ込める精神、マジ尊敬するわ。この調子で受験も突っ込め。」 「だから、あーんは?」 「ダイエット中。」 「つまんな。」 沢井に笑いかけて自分の机に向かう前に、また違う男に腕を掴まれる。 「のぞみん、膝座る?」 「パスで。」 「まじで最近どうしたの?」 「生理2日目なので、放っておいてけろ。」 だるそうに微笑みかけて、ようやく自分の机まで辿りついた。 マジで、男にモテすぎる。 クラスの雰囲気は、始業式の頃よりはだいぶ落ち着いてきた。 中心にいたはずの清水が先日の胡蝶との額こっつんで見事に恋におちてからは、人が変わったようにずっと絡んでこない。 それまで大人しかった岩井がリーダーに変わったらしいが、直接的な絡みはないので表面上は穏やかだ。 「てか今まで気にしたことなくね?」 流石に胡蝶の変化に気がついたのか、胡蝶の机の周りに虫が集まる。 その虫に対してもにこやかに対応できる胡蝶を、本当に尊敬する。 胡蝶以外に全く興味がないという態度を隠そうもない今野とはまるで違い、誰に対しても同じように笑いかけるポテンシャルの高さはアイドルの看板を背負ってるだけある。 親し気な笑顔を見せ一定の距離を保ちながら、近づきすぎるとさっと逃げる。 真顔で他人を避ける今野とは違い、胡蝶は笑顔で他人を避ける。 似ていないようで、根っこはそっくりな気がしてきた。 「すきな人に言われたから。」 「なんて?」 「お触りファンサ禁止って。」 「は?マジ?前のキスマの子?」 「いや、別件の本命。」 キスマの俺は苦笑いを浮かべながらも、胡蝶に群がる虫の一匹としてふらりと近づく。 俺が近づくと、胡蝶は嫌そうに顔を顰めた。 「マジで?本命いたの?だから、告られてもドスルー決めてたんか……。」 「ソクバッキーな感じの子?」 「いや、嫌われたくないだけ。」 今野の顔や言葉を思い出しているのか、照れたように笑う気の抜けた顔。 いつもの一線を引いた笑顔ではない素の顔に、ギャラリーが沸く。 ―――マジでかわゆすぎ。 「かわゆ。」 「のぞみん乙女じゃん。付き合ってどのくらい?」 「俺がすきなだけで、普通に友達。」 「え、まさかの片思い?で、その束縛は尖ってんね。」 「のぞみんで落とせない女いる?」 「ええと、まだ……告ってもないし、なんか恥ずいわ。タイム。」 思いきり照れた表情を浮かべると、恥ずかしそうに前髪で顔を隠す。 「なにその顔、可愛すぎるんですけど?」 「恋する乙女じゃん。恥ずい!」 「のぞみん、えっち!」 胡蝶の顔に触れようとする虫を追い払いながら、細い手首を引っ張る。 女子ではないから柔らかさはないが、骨っぽいせいで女子より華奢に感じた。 「胡蝶、デートしよ。」 「奢り?」 俺のデートをすぐに自販だと理解して、にやりと微笑む。 ―――こいつ、マジで腹立つくらいにかわいいな。 「お前マジで気をつけなさいよ。」 「気をつけてるじゃん。ちゃんと拒否ったし、本命いるって話した。」 「いやいやいやいやいや。今野の気持ちが痛いほどわかるわ。」 「俺でも分かんねえのに、なんで貴様ごときが?」 「教室でかわいい顔晒しすぎ。」 「俺はいつだってかわいいって咲が言ってた。」 「そんなデレ顔晒してたら、マジで個室に連れ込まれんぞ?」 「てか既に連れ込まれてる。」 「は?」 「前に先輩に。未遂で解放してくれたから、チクってはないけど。」 あっけらかんとした表情で、特大の爆弾を落とす。 ―――マジでこいつは、放っておいたら危ない。 危機感に似た庇護欲を思いきり煽られ、がらにない行動をする自分にも苛立った。 こういうのは今野の役割で、絶対俺っぽくないのに。 俺の知らない俺がむくりと顔を出しているようで、気持ちが悪い。 「学校でナニをしてんだ?」 「俺に罪なくない?」 「美しすぎる罪。」 「それで強姦未遂はさすがに尖りすぎてんなー。法律かえよ?」 「民度低いクラスにバッティングしてんだから、マジで気をつけな?喧嘩は売らない、買わない、即ダッシュが基本だから。」 「初日に清水に突っかかったお前に、俺が言われるの心外なんすけど?」 「都合の悪いことはすぐに忘れるタイプ。」 「清水、最近大人しくね?俺に飽きたのかな?」 「あー、アレが効いてんじゃね。」 「アレ?お前またなんかしたの?」 「いや、お前ね。」 「いい子に大人しくしてんじゃん。」 「お前の嫌がらせ、ただのご褒美だから。」 俺がそう伝えても、胡蝶の目には俺なんて映ってない。 目の前に現れた人影に目ざとく気がつくと、嬉しそうに両手を振る。 「あ、咲だ!」 「おーい、聞いてる?」 「さきーーーー!!!」 「なるほど。聞く気がねえのな。」 呆れるほどにまっすぐで、かわいい。 この目が俺に向いてくれたらいいのになんて願っても、きっとそれは届かない。 ―――片思いとか、コスパ悪すぎる。 「なんで進藤といんの?」 「自販奢ってくれるって。」 「んなこと言ってねぇよ。捏造すんな。」 今野は俺と目が合うと、途端に不機嫌そうに睨んでくる。 今野には睨まれ過ぎて、もはやその感覚は麻痺していた。 むしろライバル判定されていることに、笑みがこぼれるほど。 長年被っている面の皮が、どんどん厚くなるだけ。 「こいつにも気をつけろって言ったよな?」 「うん?」 「今野、ドンマイ。お前のありがたーい説教は逆効果だったわ。」 「は?」 「教室でデレ顔晒してたから、即逮捕して連行しました。」 「あ?」 「いや、俺にキレるなよ。感謝しな。」 「咲も奢ってもらお?」 「おけ。」 「いやいや、オケじゃねえし。」 今野の隣で嬉しそうに笑う胡蝶の背中を見つめながら、居た堪れない気持ちになる。 寂しいとか哀しいとか悔しいとは違って、遠くに逃げ出したくなるような衝動に似ていた。 ここにいたらすごい苦しいのは分かっているが、目が離せない。 自分の感情が、嫌いだ。 「どれにする?」 「え?咲が奢ってくれんの?」 「貸しはつくらない主義。」 「イケメンじゃん。俺はこれか……これ。」 「じゃあ俺がこっちにするから、半分こな。」 「いいの?」 「好き嫌いない。」 「ありがとー!この可愛すぎる笑顔でチャラな?」 「お釣りはこれくらいで足りますか?」 「いやいや、それ万札。逆にくれる感じなの?こっわ。」 「その笑顔に見合う正当な価値。」 「咲は騙されやすいから気をつけな。ちょろすぎ。」 「のぞは自分の価値に気づいてないもんな。アホすぎ。」 「咲は俺を甘やかす天才。」 「のぞは俺に甘える天才。」 「おい、天才!お釣り忘れてる。」 「あ、100円こっちのゾーンにいれといて。」 「変なとこ几帳面だよな?O型だろ?」 「のぞは全てにおいて適当だな。わかりやすくB型。」 おいおいおいおい、俺は何を見せつけられてんの? 俺の存在忘れすぎじゃね? 会話すら入る隙がねーし。 マジでなんか進展してんのか?? 胡蝶から詳細を聞けるほど、マゾではない。 それにこの甘い空気に浸れるほど、お人よしではない。 2人の間に無理やり割り込み、共通する話題をふった。 「てかもうすぐ修学旅行だな。」 「部屋割りどうなった?」 「あー、進藤と金子と……あと忘れた。咲は?」 「え、進藤一緒なの?」 心底嫌そうな顔をする今野に、ドンマイと肩を叩く。 「今野には特別に俺のパンツの色を教えてやるわ。」 「いらね。」 「ちなみに今日の胡蝶のパンツは何色?」 「忘れた。咲は?」 「確かグレー?」 「親父じゃん。」 「オエー。」 「はい、これ半分こ。ちょっとスパイス効いてるから、のぞ苦手かも。」 「あー、やっぱコレ苦手だわ。ごめん。」 「だよな。のぞこっちで。」 「ありがと。ごち!」 「次はメシん時に。」 「うん。今度奢るわ。」 「笑顔でチャラだろ?」 「ちょろすぎて壺買いそう。」 「のぞ以外からは買わないよ。」 「俺から買うの?ヤバ。」 何その笑顔。 お前そんなキャラじゃなくね? 胡蝶の笑顔には慣れているが、今野の笑顔には見慣れない。 不自然なほど愛おしそうに胡蝶を見つめる瞳に、吐き気がする。 「めっちゃマウントとられたんだけど……。」 「何が?」 胡蝶から缶をぶんどると、悔しさと一緒に腹の中にしまい込んだ。

ともだちにシェアしよう!