「よお。元気？最近ぼっちじゃん。」 体育の授業でハーパン姿の胡蝶をぼんやり見つめていると、俺と同じように見つめている清水に気がついた。 こいつと同じことをしていたのかと思うと気が滅入るが、気持ちに蓋は出来ない。 俺が声を掛けると、清水は嫌そうに眉を潜めた。 「すげー大人しいじゃん。息してる？」 「俺はお前らと違って、元々騒ぐタイプじゃない。」 「はあ？めちゃめちゃイキってたじゃないすか。受験生なのに記憶力大丈夫？」 「胡蝶ってホモなん？」 真顔で聞いてくる清水に、揶揄いの色はない。 こいつも不毛な恋に陥りながら足掻いているのかと思うと、同情の念が湧いた。 「いや、普通にパチでしょ。てかお前が流したんじゃなかったっけ？」 「先輩にも俺にもしてんだぞ？」 「先輩のは記念で、お前のは嫌がらせ。でも、嫌がらせにならなかったんだろ？」 俺の質問には答えないが、本音が顔に溢れていた。 全身を這うこそばゆい気持ちに耐えきれず、冗談をぶつける。 「記念に俺ともしとく？」 「キッショ。」 「胡蝶とのはキショくなかった？」 俺の揶揄いにいつもの調子が出てきたようで、軽く睨まれる。 「お前、性格歪んでんな？だから友達いねえんじゃん。」 「清水は意外と純情派よね？かわいいとこあんじゃん。長所はいかすべきよ？」 「まじキショい。」 「胡蝶に言われすぎて慣れちゃった。」 「あいつ本命いんの？」 「残念ながらお前ではない。」 「相手も知ってんの？」 「胡蝶と俺との仲なんで。さーせん。」 「普通に今野だろ？」 まっすぐ胡蝶だけを見つめながらそう言うと、大きなため息が漏れる。 「外野のくせに、ちゃんと分かってんじゃん。」 「やっぱホモじゃん。」 「多様性の時代だから、普通にありっしょ？」 俺の言葉に「関係ない」と嘯きながら、視線を岩井に向ける。 「てかマークすんの俺じゃなくて、あっち。」 「ん？岩井？」 「裏でめっちゃキモいこと言ってた。」 「お前以上に？」 「受験あるし俺は抜けた。ちゃんと見張ってな？」 「俺、推薦組なんだけど？」 「今野にも言っとけ。」 「えー、俺から？今野くんハチャメチャに苦手なんすけど。」 「お前のおかげで、俺もめっちゃ嫌われてる。」 そう言うと、痛々しい腹の痣を見せられた。 まだ真新しいそれは、今野の胡蝶への愛の証。 「推薦があるからやめとけ」と胡蝶に言われていたのに、「わかった」と渋々頷いていたはずなのに…… 胡蝶、あいつは全然分かっていません。 自分の推薦も、胡蝶と比べれば気にもならない些細なことなのだろう。 「やっぱ今野凸ったんだ？こわ。なにされたの？」 「あいつ頭おかしい。」 ドン引きした表情を見るだけで、察してしまった。 彼氏面で喧嘩をふっかける今野なんて、もう飽きるくらい見ているから。 「岩井ビビリだけど、ねちっこいから。」 「おけ。」 大人しいからと油断するなと言われているようで、清水からの胡蝶への愛を感じた。 清水の髪をぐしゃぐしゃに掻き混ぜると、心底不快そうな表情で俺を見上げる。 ―――マジで愛され過ぎじゃね？ 「進藤。」 「ん？」 「お前も狙ってんの？」 ―――もということは、お前もなの？ そう口からこぼれそうになる。 言葉を笑顔に差し替えると、清水が「もういいよ」と軽く笑う。 俺たちはライバルにすらなれない、ただのモブキャラなんだから。