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第29話

ゴールデンウィークなんて嫌いだ。 部活への参加は最低限でいたい俺とは異なり、咲は自主練習も欠かさない。 今まではその時間を他の男との性処理で埋めていたのに、お触り禁止令を出されてしまい暇を持て余していた。 いつもの土日とは異なり、他校との練習試合ばかりで、デートできる暇も会える時間すらない。 何度か試合を見に行きたいと申し出たのだけれど、ことごとく却下される。 ―――ずっと一緒にいたいのは、どうせ俺だけだよ。 拗ねた気持ちで咲を見ると、戸惑いに満ちた表情を浮かべていた。 困らせたいわけではないから、なるべく我慢してひとりで過ごす。 登下校が一緒なだけでクラスも別だし、部活も別だし、咲が全然足りない。 それを埋めるように学校帰りの勉強の時間に触れていたのに、休みの日はなかなか会えない。 友達がいないわけではないが、受験生だということを加味すれば誘うのは躊躇われる。 必死に受験勉強をしなくても、咲と同じところならどこでもいい。 俺の世界の中心には咲がいて、俺はその周りをグルグル回るだけでいい。 ―――ずっと、この先も一緒にいたいって思っているのは、きっと俺だけなんだろうなー……。 暇だと色々考えすぎて、心が塞がる。 このまま関係が変わらなければ、俺はきっとそのうちいらなくなる。 焦る気持ちと同じくらい、今を失うのも怖い。 未来のことを考えていると、寂しい気持ちに支配されてしまう。 このまま1人でいたら、根っこから腐り落ちそうだ。 *** 気だるいゴールデンウィークを終えて、すぐに修学旅行の日を迎えた。 定番の京都奈良への二泊三日。 時間に縛られ過ぎたスケジュールは見ているだけで気が萎えるけれど、自由時間には咲と会える。 そのことだけが楽しみで、イヤホンから流れる耳障りのいい歌詞と音楽に酔いながら目を閉じる。 新幹線で後退していく美しい車窓の景色を見ることも、修学旅行に期待を膨らませる話を友達とするわけでもない。 最近考えすぎているせいか、夜もよく眠れない。 安定剤の存在である咲が足りなくて、無意識に泣いてしまうから。 メソメソしていると、隣に座る進藤に頭から雑にタオルを掛けられた。 ぶっきらぼうだけれど、進藤も割と優しい。 「メンブレ?」 「寂しい。」 「マジで大丈夫?」 「大丈夫。」 ―――正直、大丈夫では全然ない。 でも進藤のド正論を聞いてしまったら、多分メンタル抉られる。 耳から流れる「正しさよりも優しさが欲しい」という歌詞に、共感の嵐が止まらない。 本音をグルグル巻きのオブラートに包まないと聞けない弱い自分に、心底情けなくなった。 朝も会えたのに、席が離れすぎているせいか心の距離も離れた気がする。 タオルに包まりながら窓を見つめていると、頭をこつんと押されて振り返る。 驚いた表情の田中と視線があって、急いで目を擦る。 「は?何泣かせてんの?」 「俺じゃない。」 「のぞみん大丈夫?」 進藤を押しのけ俺の隣に座ると、ぎゅっと包み込むように抱きしめられた。 恋愛的なそれではなく、子供にでもやるような親愛のハグ。 トクントクンとゆっくりとしたリズムで流れる田中の心音は、安心する。 優しさの権化である田中の顔を見ているだけで、涙腺が弛んだ。 「どした?」 「寂しい。」 「なんで?」 「咲と全然会えない。」 俺がそう言うと、ふふっと息を漏らした。 笑いを堪えきれない表情の田中に、腹にグーパンをくらわす。 「普通に朝も会ってなかった?」 「ゴールデンウィーク8日間、全部放置された。試合も練習も見に来るなって言われた。俺が行くと迷惑なんだって。ひどくね?もうちょっと言い方あるじゃん?」 「そかそか。のぞみん勉強は……しなくていいいもんね。」 「田中は寂しくない?」 「彼女も俺もギリだから、やること多くて寂しがる暇もないかも。」 「そっか。」 「今野に言えば?」 「何を?」 「寂しいって。」 「いやいやいやいや、引かれる。普通にドン引きでしょ。」 「普通に喜ぶと思うよ?かわいいじゃん。」 「いやいや、無理っしょ。彼女じゃないし。お前も笑ったろ?咲にも絶対笑われるじゃん。」 「彼女になれば?」 「は?」 「なれば?」 「いやいや、絶対無理っしょ。普通に男だし。」 「のぞみんかわいいから、普通にありだと思うよ。」 もはや、普通が分からなくて混乱してきた。 俺が咲を好きなことを、なんの違和感もなく受け入れてくれる田中の懐が、あまりにも深すぎるから。 真剣な表情で勇気と優しさをくれるが、メンブレの今はどれだけ救ってもらっていても浮上しない。 ―――だって、どう考えても普通になしでしょう……。 「田中って俺で勃つ?」 俺のド直球の質問に、何度も瞬きを繰り返しながら、神妙な表情で応える。 「めちゃくちゃセンシティブな質問をするなー……。」 「無理っしょ?咲も同じ。俺じゃ勃たない。」 「え?」 「何?」 「今野になんかしたの?」 「前に言ってたシャツ試したけどダメだったし、膝に乗っても反応なかった。ベッド誘っても嫌な顔される。あと何すればいいと思う?」 俺が正直に白状すると、田中が頭を抱えながら天を仰いだ。 「あ~~~~……今野、すげえ不憫だわ。泣けてくる。あいつすごいね?尊敬するわ。」 「不憫なの俺じゃん?」 「あ、噂をすれば……。」 田中の視線を追うと、目の前に咲の顔。 怪訝そうに田中を見てから、俺を見つめる。 目の下を軽く指でなぞられて、頭をポンポンと撫でられた。 「のぞと何してんの?進藤が田中の代わりに俺の隣座ってんだけど……。」 「のぞみんが今野に話があるって。」 「違う。咲じゃなくて田中がいい。」 「お前まじでリスペクト!特等席用意しといた。」 「あざーす。」 咲は軽く手をあげると、当然のように俺の隣に腰をかけた。 背中を向けた田中のシャツの裾を、未練がましく掴んで見上げる。 「田中ここいて。寂しい。行かないで。田中がいい。」 「マジで修羅場るからやめろし!俺は彼女の顔見に来ただけだから。気軽に触んな。血を見るぞ。」 強引に指を剥がされて、咲の手元に押し付けられる。 その指を咲が握ることはもちろんなく、行き場のない手を自分の膝の間に挟む。 「で、のぞは俺より田中がいいの?」 「咲は俺よりバスケがいいじゃん。」 「はあ?朝から変だけど、体調悪い?」 「なんでもない。」 「寝てな。クマできてる。」 咲に腕を引かれて、ごろんと膝に倒れ込む。 見上げると咲がいて、おやすみと髪を梳かれた。 ―――きもちいい。 目を閉じると、久しぶりに眠気が訪れる。 咲がいないと、俺はダメダメだ。 甘やかすように髪を梳かれ、優しい指の感触が心地いい。 気がつけば、深い眠りに落ちていた。

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