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第30話

咲に起こされて目を覚ますと、そこはもう京都駅。 寝ぼけ眼の俺の背中を咲に押されて、グループ班のバスの座席まで見送られた。 奈良公園についても、まだ眠気はなかなか覚めない。 ―――頭がぼおっとして、なんも考えらんない。 久しぶりに夢を見ることも、うなされることもなく気持ちよく眠れた。 バスを出て大きく伸びをすると、太陽がやけに近く感じる。 首を回しながら大きく欠伸をしていると、頭にこつんと手が当たる。 「寝れた?」 「ごめん。爆睡してた。」 「いいよ。メンブレは解消された?」 「多分。」 俺の答えにわしゃわしゃと髪を掻き混ぜられて、イヌにでもなった気分。 くしゃくしゃの髪のまま進藤を見上げると、快活に笑われた。 「5月って確か真夏で合ってる?」 「8月ここで生きてる奴やばくね?裸族なん?」 「夏の戦力がチートで、春と秋ザコすぎね?もうちょっと本気だしてほしいわ。」 「わかる。4月から11月まで夏よな?」 「見て。鹿にモテすぎた。」 「制服食われてんじゃん。ウケる。さらそ。」 「モテ期全盛期キてんじゃん!ヤバ!!」 同級生の浮かれた声をぼんやり聞きながら、汗で張り付く髪の毛をかきあげる。 関東よりも湿気が多いせいか、人口密度が高いせいか、5月とは思えないほど暑苦しい。 ネクタイをバレない程度に少し緩めて、首元に扇風機を当てる。 さすが観光地なだけあって、人の数がレべチ。 多種多様な観光客もいるが、この時期は俺たちと同じ制服姿の方が多そうだ。 他校との交流に沸き立つ男たちを尻目に、暑すぎて干からびそうになりながら水を飲む。 「あのぅ、写真一緒に撮ってもらえませんか?」 「ごめんね。先生に怒られちゃうから。」 そう言って笑いながら断ると、キャーキャー言いながら逃げていく。 見慣れない制服に身を包み、こちらをちらちらと窺う女子にウインクを送った。 かわいい顔で見つめてくれるところ大変恐縮ですが、俺はホモです。 女子たちの眩しすぎる視線に応えるだけの器量は、俺にない。 「この会話、さっき聞いたばっかじゃね?何回やるの?俺もしかしてパラレルワールド入ってる?」 「のぞみんってやっぱアイドルなんだな。他校の女子にもモテすぎる。」 「爆ビジュの割に話しかけやすいしなー。爽やかすぎて圧もオス感もないべ?もはや女子。」 女子と断言されるのに、完璧な女子にはなれない可哀想な俺。 この顔は、本当に不毛だ。 扇風機を額に当てながら、張り付く髪の毛をかきあげる。 「のぞ、隣いたら?」 気がつくと隣に咲がいて、心配そうな表情を浮かべている。 さっき眠ったから気分はいいはずなのに、気持ちはまだ沈んでいた。 「あー、咲は顔圧あるから助かる。進藤無意味すぎるから。」 「おい。」 「記念に写真撮ろ?」 「おけおけ。あー、前髪クソすぎる。」 「撮ったげようか?」 進藤に言われてスマホを渡すと、適当にシャッターを押される。 「はい、撮れた。」 「どれどれって、俺だけ撮ってどうするよ?」 「切り取り方に悪意しかない。」 「今野の顔、暑苦しすぎて無理。レンズが耐えられないって悲鳴あげてる。屈折率変わったみたい。」 「さっき席とったの、根に持ってんな?」 「かなり。」 「お前がのぞと同室なの、マジでありえないから。」 「俺なんてまだましだろ?胡蝶は個室が正解だって。一緒にいたら俺も寝れないんだから。」 「手だしたら殺す。」 「はいはい。努力しまーす。」 「咲、こっち見て?俺らのビジュなら自撮りで余裕で盛れるから。」 ぼそぼそ喋る進藤からスマホを受け取り、自撮りに変える。 咲と並んで顔を近づけて、シャッターを押した。 鹿に襲われている同級生を遠くに見つめながら、髪をかきあげる。 すると連続でシャッター音がして、苦笑いを浮かべながら咲のスマホを下げた。 「初孫並に俺の写真撮るじゃん。今の連写だろ?ストレージ溜まるから消せよ。」 「あとで送るね。」 「いらね。」 自分の写真を何枚貰っても、意味がないし嬉しくもない。 でも咲の写真が欲しいとは、さすがに言えない。 ―――彼女でもないのに、キモいから。 「やっぱ、のぞと同クラがよかった。」 「ほぼD組にいるけどな?もはや同クラ。ダントツで咲との写真が多いもん。」 写真を見返していると、ほぼ咲の顔が並んでいる。 咲が見たらキモいよなーと思いながらも、どれもこれも大切で消せずにいる。 「夜、部屋行っていい?」 「え、何しに?」 「心配だから。」 真顔で断言する咲に、ちょっと期待してしまった自分を呪う。 「確認なんだけど、俺の性別理解してる?」 「かろうじてオス。」 「なめてんの?」 「風呂は?」 「入るに決まってんじゃん。見て。汗だくよ?」 「部屋風呂にしときなよ。」 「なんで俺だけ?」 「生理だろ?」 「普通に精通してるんだけど?」 「あ、今野!お前またここにいんのか?A組だろ?」 「ほら、先生に目つけられんなよ?」 うちの担任のふくちゃんに呼ばれると、うざったそうに軽く睨んでからA組に向かう。 咲って、教師にすらその態度なの? またって言われているってことは、さっきの席替えもバレてたよな?? そんな疑問が解消されぬまま咲と別れると、ふくちゃんに頭を撫でられる。 規則にも緩いほうだと思うけれど、さすがに修学旅行だからピリピリしているのかもしれない。 機嫌をとるためにふくちゃんに笑いかけると、今度は進藤に腕をひかれた。 「ほら、置いてくよ。」 「あ、待って。」 進藤に腕を引かれて背中を向けると、ふくちゃんに軽くため息をつかれた。  ―――やっぱり清水達だけじゃなくて、俺も目つけられてる感じ?

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