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第31話

宿舎に着いてトイレに顔を出すと、嫌な顔にバッティングしてしまった。 そのまま踵を返したいところだったが、出口にでかいのが1人立っている。 バレー部の誰かだったとは思うが、名前までは分からない。 ―――見張りつけんなよ。 頭を掻きながら個室に逃げ込もうとすると、ドアの隙間に岩井が足を滑り込ませた。 「何?うんこ漏れるんだけど。」 「胡蝶、風呂何時に入る?」 岩井は分かりやすいくらいに、直球だった。 ―――清水に絡まれなくなって油断してたら、次はこいつかよ。 最近、やけにしつこい気がする。 絡みは少なくても、視線でわかる。 体育の着替えの時、トイレに行く時、必ずこいつの視線を感じる。 見られているだけで害はないが、目障りだ。 直接何かしてきたら蹴り飛ばす気になれるけれど、無遠慮な視線を浴びせる奴の対処法はない。 清水のように人前でも平気で絡んでくるならまだしも、わざと人が捌けた場所でってところに、こいつの性格の悪さが滲み出ている。 「生理だから部屋風呂なんで、お気遣いなく。」 「マジで?めっちゃ狭かったよ。やめとけば?」 「ご心配あざーす。コンパクトな身体なんで問題ないっす。チビガリでラッキー。」 「ガチでホモなの?」 「ホモはお前な?俺のこと好きすぎだろ。視線ウザい。控えて。キショい。」 「余裕で女より可愛いもんな。普通にタイプ。」 そう言いながら髪を撫でられて、首筋に虫が這うような悪寒が走る。 ―――キモイキモイキモイキモイ!! 「触んな。」 「首とか細すぎて折れちゃいそう。」 「だから触んな?」 「嫌がられると燃えるタイプ。」 そう言いながら個室に身体をねじ込ませてくるから、思い切り突き飛ばして個室を抜ける。 尻もちをついたまま見上げる岩井に、緊急通報のスマホ画面を見せる。 「俺じゃ手に負えねえから、行政に仕事するよう頼むわ。岩井くんアウト!即チェンジで。」 「今野達と一生いちゃついてるじゃん。新幹線でも今野の膝でおねんねしてたろ?寝顔めっちゃかわいいのな?キスしたくなる。」 そう言いながら顎を強引に掴まれて、見つめられる。 この顔とキスとか、正気じゃない。 「キモい。」 「口悪いね。塞ぎたくなる。」 「みんなのアイドルなんで、お触り厳禁でお願いします。」 「みんなのおかずの間違いだろ?」 「マジで俺でシコってんの?キッショ!抜けるAV貸そうか?俺ばっかだと飽きるっしょ?」 「もっといいことしようよ。」 そう言いながら抱き付かれて、個室に押し込まれる。 こんなところでナニを考えているんだろうと呆れながら見上げると、股間が膨れていることに気がついた。 俺が気がついたことに岩井も気づくと、嬉しそうに微笑まれる。 「いやいやいやいや、遠慮しとくわ。俺こう見えて、めっちゃグロテスクなのついてます。キモいので人様にはお見せできません。」 「大丈夫。男同士でもお互い気持ちよくなれるやり方知ってるし。」 「残念ながら、俺はなれねえんだな。1人でシコってな?」 股間を思い切り膝蹴りして、虚をつかれた岩井がその場に蹲る。 個室を抜けだしたところで、出口に立っていた男と目が合う。 その瞬間、肺活量を最大限利用した進藤の声が聞こえた。 「胡蝶く~~~ん!うんこ長すぎ~~~!!キレ痔ですか~~~!!!」 「アイドルはうんこしませ~~~ん!!」 進藤に対抗して大声を張り上げて返事をすると、男も岩井も足早にトイレを出て行く。 「岩井に何かされた?」 「ただの下痢ピー仲間。」 「アイドルはうんこしないんじゃなかった?設定ブレすぎ。」 「まだ企画案件。てかそろそろ自分の心配してろって。」 「ん?」 「つまんないことで推薦落とすなよ。」 「つまんなくねえし。胡蝶、どこ行くんだっけ?」 「咲と同じとこ。」 「仲がよろしいことで。」 「一緒にいないと、どんどん疎遠になるじゃん?で、そのうち忘れられちゃう。視界にはできるだけ入っておきたい。」 「寂しんぼめ。」 「さーせん。末っ子なんで。」 「告らんの?」 「これから同じ高校行くのに、それは無理じゃね?」 「ひよってんな。胡蝶望海ともあろうものが。」 「俺は何様よ?」 「神に依怙贔屓されまくってるじゃん。」 「俺なんて顔だけだろ?」 俺の言葉に進藤が噴き出すと、腹を捩らせながら声をだして笑う。 ―――すげえ心外なんすけど……? 「すげえイキりにしか聞こえない。」 「好きな人に好きになってもらわなきゃ、なんの意味もないじゃん。」 「わかるけどな。」 「進藤は彼女つくらないの?」 「俺は胡蝶がいれば十分だわ。」 いつもの揶揄いだと思いながら進藤を見ると、驚くほどに真顔だった。 ―――こいつ、マジでよく分からない。 「それを真顔で言える特殊な訓練でも受けてんの?」 「言葉が溢れちゃうの。好きすぎて。」 「へぇ~~~?え、は?好き?何……?」 「気づくのおっそ。マジのガチです。ビックラブ。フォー・ユー。」 そう真顔で淡々と言いながら、手でハートポーズを作る進藤に、違和感しかない。 ここは往来の多い廊下で、さっきまで岩井たちにヒヤヒヤしていたのが嘘のようだ。 顔と言葉と仕草の全てがチグハグで、コントを見ているようだった。 「は?なに急に?」 「急じゃねえべよ。真面目に付き合わないか聞いたっしょ?」 「いや、真面目に付き合うの意味を考えてたら、そーゆーことに気が回らなくて。」 進藤が俺のことを好きになるのはあまりにもリアルから離れしていて、考えたこともなかった。 こいつ女子好きだったよな? で、穴があればイケるヤリチンなんだろ? それで俺とヤったらよかったってこと??? 「俺、どう?」 「は?」 「は?じゃなくて、大事にしますよって話。」 「ま、待って!意味わからん!!」 「じゃあ、わかるまで教えますけど?」 「いや、は?マジでガチなの?」 進藤を見つめると、不服そうに睨まれた。 その顔でガチなのは理解したが、やはり違和感が拭えない。 「もちろん顔も好き。えっろい身体も好き。ちょい高めの声も好き。考え方もズレてて面白くて好き。反応も可愛くてすぐに揶揄いたくなる。」 「ちょ、もういい!恥ずいから!黙って!」 進藤の口を手で覆うと、手のひらをぺろりと舐められた。 「まじか?」と思いながら進藤を睨むと、手首を掴まれて外される。 「マジで気つかうな?推薦とか関係ないから、お前の身体が1番大事。優先順位はきちがえるな。普通に電話して。」 「なんか優しくて、進藤が進藤じゃないみたい。リスペクトを兼ねて田中って呼ぶわ。」 「それ心外すぎるわ。あ、トランプ持ってきたからやる?」 「いいね。修学旅行に必須アイテムじゃん。」 「後で恋バナかまそ。」 「それは羞恥プレイすぎん?」 「胡蝶の顔見て楽しむから、特上の照れ顔用意しといて。」 「性格悪いな。」 「だからぼっちなんだって。」 「友達だと思ってる、から。」 「わかってる。」 「ごめん。」 「謝んな。勝手に好きになっただけだから。」 そう言うと、くしゃくしゃっと髪をかきまわされる。 寂しそうに笑いながら、嫉妬するほどにいい顔を見つめる。 ―――こんなイケイケなのに、俺なんて勿体ない。 「イケメンがイケメンに見える。」 「惚れた?」 「あー、咲いなかったらガチでお前におちてたわ。超面食いなんで。」 「それは残念。最大級の徳積んで、来世に期待しとくわ。」

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