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第36話

部屋に戻って数分も経たないうちに、宣言通り田中が顔を出した。 「のーぞみん!夜這いにきました~~~!」 「マジで来たの?」 「来ちゃった。泊めてくれる?」 「しゃあなし。初めてだから優しく抱いてやるよ。」 「キャ―――!!のぞみんイケメン!!」 悪ノリ全開の田中を足払いして倒してから、床で楽しそうに笑い転げる田中の腹を踏みつける。 ドアが閉まりそうになると、田中が慌ててそれを制した。 「ほら、入ろ?何ぼさっとしてんの?」 「うん。」 「げ、咲も来たの?」 「のぞの猥談聞きたいし。」 言葉には揶揄いを含んでいるんだろうが、表情は真顔でどんな顔をしていればいいのかマジで分からない。 さっきのをやられて勃っても困ると思いながら、咲の胸を軽く押す。 「咲は帰って?出禁です。」 「なんで?聞かせろって。どんなAV見てんの?」 「お前は咲じゃない!」 「咲によく似た男のゲイビです」なんて正直に言えるわけもなく、先ほどよりも強めに胸を押した。 それでも1ミリもその場から動こうとせず、真顔で見下ろされる。 ―――その顔、めっちゃゾクゾクするんですけど……? 「だから、俺だってえっちなんすけど?」 「その話は聞きたくない!」 耳を塞いで部屋に戻り、背中を向けてしゃがみ込む。 咲の猥談なんて、絶対に聞きたくない。 猿化した今なら、声だけでイく自信すらある。 「今野、キャラ変えた?マジで誰よ?」 「のぞがおもろいから。」 「確かにそれは分かる。」 2人に揶揄われても、指でしっかりと耳を塞ぎながら鼻歌を歌った。 それなのに咲に手首を掴まれ、耳から指を無理やり引き抜かれる。 「なあ、のぞは何見て抜くの?」 「言わない。絶対教えないから。」 「のぞのこと全部知りたい。」 「な、何……言ってんの?」 耳元でボソボソ喋られるだけで、肌が期待で粟立つ。 すぐ傍で感じる体温が、先ほどのスキンシップを想起させた。 触れるか触れないかの距離がじれったくて振り返ると、予想よりも大分近い場所に顔があって、驚きで尻餅をつく。 少し首を伸ばせば、唇が触れそう。 そんな考えが頭を過っていると、咲が苦しそうに眉を潜める。 「のぞ、ごめん。マジで限界だわ。」 ―――俺は、マジで勃ちそうっす……。 「今野、待て待て待て!ストップ!ストップ!!」 田中に羽交い絞めにされて、咲が俺の手首からようやく手を離す。 そのままズルズルとされるがまま、部屋の隅まで引きずられていく。 珍しくキレる田中に、咲が項垂れながら大人しく説教をくらう。 猥談が済んだことに安堵しながら立ち上がると、食堂から戻った進藤がその異様さに顔を顰める。 「え、他人の部屋で何やってんの?」 「咲が猥談かまして田中に説教くらってる。」 「あれ、進藤も同じ部屋だっけ?」 「そう。羨ましい?」 「かなり。のぞみんの寝顔送って。SNS教えるから。」 慣れた手つきで2人で連絡先を交換しながら、進藤が咲を見て固まる。 「てか今野の私服まじそれ?」 「変?」 「どこで買ったの?」 「母親が買ってくる。」 「やっば!ウケんだけど。俺の服貸そうか?」 「俺と同じこと言ってる。」 田中が笑いながら咲を見ると、不服そうに眉を潜めていた。 「胡蝶はいつだってかわいいよなー?そのTシャツも似合ってる。あ、でもこっちのほうが似合いそう。」 「は?」 そう言いながら進藤が取り出した物を見て、流石に引いた。 明らかに女物のデニムスカートとフリフリのブラウス。 「女子が胡蝶くんの女装見たいって、押し付けられた。着る?」 「着ません。」 「今野との猥談とこれ着るの、どっちがいい?」 「こっち。」 進藤から服を受け取りると、田中と進藤に爆笑される。 咲は田中の説教に懲りたのか、いつもの虚無顔に戻っていた。 「マジか!そんなに嫌なの?むっつりにナニ言われたの?」 「無理。」 女装で笑われるほうが勃起で笑われるよりいくらかましだろうとシャツを脱ぐと、咲と進藤が思い切り顔を背ける。 「いやいや、脱衣所行けよ。馬鹿なの?襲われたいの?」 「そうそう。変身途中は萎えるから、かわいいポーズ決めて出ておいで。」 「のぞは男の前で脱ぐの禁止。」 「面倒な奴らだな……。」 太腿丈の短いスカートをはき、柔らかな加工のブラウスに袖を通す。 鏡で一応確認すると、脚の筋肉や筋は目立っても、普通に女子に見える自分が怖い。 「これで満足か?変態ども。」 そう言いながら登場すると、トランプを配っていた進藤が固まる。 つま先から頭頂部までじっくりと視線が移行するが、これといって反応がない。 田中にも凝視されるが、睨まれているだけでいつもの笑顔はない。 咲はぼうっと全体を見ているだけで、表情に少しの変化もない。 「いや、反応ないのが一番キツいんすけど……。せめて笑ってよ。俺が変態みたいじゃん?」 「ごめ。マジで可愛すぎた。足綺麗すぎない?それ剃ってんの?」 「やばい。期待以上にいいわ。押し付けられて正解。もっと借りてこりゃよかった。次はセーラーでよろしく!」 「ほら、今野も言ったれ?」 「かわいい。」 こちらを見ずにぼそっと呟かれ、全身が火照る。 耳までやけに熱くて、咲の顔がまともに見れない。 かわいいなんて言われ慣れている言葉なのに、どうして咲に言われると全然違う響きに感じるんだろう。 「ふっはっはっははは!!!のぞみんが照れてる!ガチでかわいい~~~!あっはっはっはは!!」 「うっせ!マジ殺す!!田中が咲に猥談振ったのが元凶じゃん?」 「痛い痛い!ギブだって!!!」 背中から田中の首を絞めると、腕を思い切り叩かれた。 すると咲が俺のスカートの裾を、思い切り下に引っ張る。 「ちょ、のぞ見えてるから!!」 「は?」 「パンツ見えてる。」 「あー、うん。」 風呂上がりにパンイチを見ていたのに、焦った様子の咲がよく分からない。 ―――ノンケが男のパンツ見ても楽しくなくね? 田中から腕を外し、ずり上がったスカートの丈を引っ張ってなおす。 すると進藤が俺を見上げながら、少し首を傾げる。 「別に、見せてくれていいよ?ありがたく見るんで。」 「お前には見せねえし。キショいわ。」 「ちょいちょい、進藤覗くなって!それはアウトっしょ?」 「スカートの中身なんて、男のロマンだろ?」 「確かに。」 「キッショ!!」 面白がった田中と一緒に上半身を傾ける2人から、距離をとる。 こいつら、俺で遊んでやがる。 「のぞ、おいで。」 「え?」 「俺の隣が1番ましだろ?」 「確かに。」 少し離れた咲の隣に膝をつくと、2人にドン引かれた。 「いやいや、それはズルだろ?」 「そこが一番危険地帯。すぐに逃げるべき。速攻捕まるから。」 「うるせ。黙ってトランプ配れって。」 咲に促されて、進藤が器用な指先でマジシャンのようにトランプをまぜる。 華麗なカード捌きに前のめりになると、咲に腕を掴んで止められる。 「のぞ、膝ちゃんと閉じて。」 「疲れる。」 「ほら、かけときな?」 「ありがと。」 シャツを膝の上にふわりとかけられ、微笑まれた。 その笑顔に癒されながら、配られたカードを手元に持つ。 ―――咲は、やっぱり優しい。だいすき。 「騙されんなよ?今野は着替えてほしくないだけだから、本当の優しさをはきちがえるな?」 「そうそう。気をつけな?すぐにパンツも脱がされるから。男は獣だよ。のぞみんはよ~~~~く覚えておきな。」 「お前らうるさい。」 ―――え、パンツも脱がすってアレっすか……? 全然、脱がしてください。 むしろお手を煩わせるまでもなく、自分から進んで脱ぎます。 ドキドキしながら咲を見ると、咲も紅潮した顔で俺を見つめていた。 意識されてることが恥ずかしくて嬉しくて、髪を耳に掛けながら手を広げる。 「に、似合う?」 「うん。すげえ可愛い。」 「ほらほら、いちゃいちゃしてないで始めるよ?」 田中に促されてカードをひろげるが、カード越しに見える咲の顔に緊張して指先が震える。 ―――マジで、意識しすぎて無理なんすけど……!!

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