39 / 46

第38話

望海 田中のTシャツと進藤のズボンを借りた咲は、見違えるほどにイケメンだった。 ただのTシャツとジーパンというシンプルな装いなのに、素材のよさが惹きたってより魅力的に見える。 「咲かっこいい!超かっこいい!!イケメン!!」 ひとりでテンションが上がりまくって、スマホに咲の写真を何枚も収める。 これ幸いとばかりに連写すると、困り顔の咲に頭を軽く撫でられた。 「髪の毛もさ、ワックスつけていい?」 「え?」 「俺やったげるから。」 咲の返事は聞かずに髪に触れる。 俺の柔らかい髪質とは違い、日本人らしい太めの直毛。 痛いくらいに手のひらが刺激され、いつも寝起きスタイルの髪の毛がまとまるだけで清潔感がでる。 「めっちゃかっこいい!!似合うね!!」 「のぞ、褒めすぎ。」 鏡越しに視線を絡ませながらそう言うと、恥ずかしそうに腕で口元を覆う。 俺のほうに振り返ると、困ったような顔で髪をぐちゃぐちゃにまぜられた。 見上げるとすぐに視線をそらされ、再び顔を腕で隠してしまう。 ―――か、かわいい。照れてる。 かわいい仕草にデレデレになりながら、ちらりと時間を確認して、巻きで自分の準備にとりかかる。 乱れた髪を軽くブラッシングして後ろで縛ると、咲が不安そうに見つめてくる。 「のぞ、それで行くの?」 「変?髪の毛暑くて。切るの忘れてた。」 「いや、ハーパンだし。」 「それも暑いから。」 「わかるけど。」 歯切れの悪い言葉を残しながら、腕を掴まれる。 浅く被っていたキャップを目が半分隠れる位置まで下げられ、間近で見つめられた。 「ギャップ深めに被って、絶対に1人になるな?」 ―――え、なんか心配してくれてる? きゅうんと高鳴る胸を押さえていると、咲に軽くハグされる。 すぐに温もりがなくなってしまっても、鼓動の早さは治まらない。 ドクンドクンと高鳴る胸が、咲の抱擁をキスマークのように色濃く残してくれる。 「なんかあったら電話して。移動するときも必ず連絡して。」 前が見えないくらいに深めに被らされて、咲に手首を掴まれて集合場所まで連行される。 ガヤガヤと騒がしいホールで点呼をとりながら、各班に別れる。 今日はタクシーを使っての移動になるから、最終集合場所まで咲に会えない。 班は部屋割りと同じで、隣には今にも眠りそうな進藤が船をこいでいた。 決められたルートを忠実に辿りながら、どんどん写真の中に収められていく古き良き建造物。 街並みも新宿のようなカラフルさはなく、見慣れた看板ですら色が異なる。 全て茶色で塗りつぶされ、個性をなくしたはずのその姿が、見慣れたものを別空間に移動させたようで、逆に個性的に映るのが新鮮だった。 見慣れない景色を窓からじっと眺めていると、最終集合場所のすぐそばにある土産場所に行き着いた。 ここで土産を買ったら、すぐに集合場所に行ける段取りとなっている。 そう考えたのは俺たちだけではないようで、見知った顔が私服でうろついている。 いつも制服しか見ていないから、私服姿に違和感があった。 「進藤、大丈夫?」 「あー、しんど。新幹線で寝るから、帰りも今野と変わる。期待してな。」 「ずっと寝てなくね?」 「いや、お前いるのにおちおち寝れるかよ。」 「え?」 「同室の奴らが胡蝶を覗こうとするから、ベッドの前で一晩中待機。俺は今野じゃないんだけど?」 「あー、なんかごめん。」 「それはかわいすぎることへの謝罪?それなら受け付けない。ありがとうって言ってみ?」 「ありがとう。」 「これでチャラな?少しは元気になってよかったわ。」 今にも閉じてしまいそうな目をさらに細めながら微笑む進藤を見ていると、視線の先に咲の背中が見えた。 いつもとは違う服装なのに、咲に対してのみ視力が大幅に上がる。 現れては消える人混みの中で、咲の背中に向かって少しずつ歩みはじめる。 視界が開けたタイミングで手をあげると、咲の周りに女子がいることに気がついた。 無言で腕を下げた俺を不審そうに見つめて、進藤も俺の視線を追ってからため息をつく。 「行かないの?」 「今はやめとく。」 背中を向けて進藤の腕を掴んでも、進藤はその場から動かない。 「腹立つ。」 「え?」 俺のキャップを外すと、髪ゴムを解かれた。 両手で俺の髪をがっつりかきあげて「今日もビジュ最高。俺とデートしよ?」と呟きながら腕を引かれる。 「ちょ、待て待て!どこ行くの?」 「望海、あそこの店でお揃いの指輪買お?」 「いやいや、なんで名前呼び?」 俺の肩に馴れ馴れしく腕をまわし、咲のいる方向へ突っ込んでいく。 あと5メートルも満たない距離でも、咲は女子との会話に夢中で、俺のことなど視界にすら入ってない。 女子に囲まれた咲を見つめているのが嫌で、俯きながら震えそうな唇をぎゅっと噛んだ。 朝あんなにはしゃいでいた気持ちがプシューと萎んで、今にも泣いてしまいそうになる。 進藤は咲の横を通り過ぎる時にわざと歩調を緩め、ちらりと視線をおくる。 その距離でようやく俺も咲と視線が絡んだが、すぐに視線を外す。 見慣れない服装に身を包んだ咲は、俺が知っている咲とは別人に思えた。 「あー、今野くんじゃないっすか。他校の女子に囲まれていいご身分すね?ま、俺も連れが爆ビジュなんで、微塵も羨ましくはないっすけど。」 無言で通り過ぎようとすると、咲にも腕を掴まれる。 「喧嘩売ってんの?」 「先に売ったのはてめえだ。こら。」 「は?」 「女子に鼻の下伸ばしてんじゃねえよ。むっつりが!」 「伸ばしてない。普通に道を聞かれてた。迷子だって言うからスマホで道を調べてた。」 「普通にナンパの常套句だろうが?アホか?」 「何キレてんの?」 「俺の方が絶対お前なんかより優しく出来る。空気読めるし、笑わせられる。考えてることちゃんと声に出して伝えられるし、不安にさせない。泣かせない。寂しいなんて言わせない。」 「は?」 呆気にとられている咲の顔が、恥ずかしくて全く見られない。 ―――俺のメンブレの理由、進藤に普通にバレてた……。 「進藤、いいから行こ?」 「お前、マジで嫌いだわ!バーカ!!タコ!!クソ童貞!!お前なんて一生童貞でいろ!!!」 咲の手を無理やり振りほどき、進藤の腕を強く引っ張る。 人混みがある方に向かってわざと突っ込み、咲の視界から一秒でも早く消えたかった。 進藤が小学生のような煽りを残して、その場を足早に立ち去る。

ともだちにシェアしよう!