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第44話
咲
「大変、申し訳ございませんでした。」
陽海さんが病院に顔を出したのは、のぞのことを見つけてから1時間後のことだった。
救急車の手配をしながら、のぞを抱えて保健室に連れていき、田中がかやちゃんを呼びに行ってる間ものぞが起きない。
死んでしまったのではないかと不安に駆られたが、脳震盪を起こしているようだという説明に少し安堵した。
保健室に運ばれて10分もしないうちに、のぞによく似た恵さんが血相を変えて顔を出した。
いつも以上に肌に色がなく、生気がない。
悲壮感を全身に漂わせながら、心を打ち砕かれた表情でのぞだけを見つめていた。
怒りと悲しみで押しつぶされながら、子供のように泣き叫ぶ恵さんを、咎める人間はいない。
のぞを細い腕で抱きしめ、顔を撫でる。
優しく微笑みながら、頬や髪に次々にキスをした。
昔見ていたはずの幸せな光景が、今は胸が張り裂けそうになるほど苦しい。
***
救急車で病院まで運ばれ、CT検査などが行われた。
簡易的な検査では身体に以上は見つからず、手首と足首に軽傷を負っていた程度という説明。
心配していた頭蓋骨や内臓に損傷はなく、直腸にも傷はなかった。
精液はナカからは検出されなかったが、尻や太腿など至る所にその痕跡が残っていると知って、苦しくて息が吸えない。
あいつらがのぞに何をしていたのか、何をしようとしていたのかをはっきりと理解し、全身が怒りで震えた。
恵さんは医者から話を聞ける状態ではなく、のぞの父親である智治さんに抱えられるように家に戻った。
あのままここにいたら、きっと狂ってしまいそうなほど病んでいた。
のぞの家族を見ているのが、辛かった。
いつ会っても穏やかな両親、誰もが羨むような美貌をそれぞれに兼ね揃えた理想的な家族。
年の離れた末っ子で、家族の愛を一心に受けているのぞのあの状態を見て、まともでいられるわけがない。
―――他人の俺ですら、こんなに苦しいのに……。
お姉さんである瑠海さんに現状を伝えてから、連絡先の交換を素早く済ませ、手続きがあるという理由ですぐに病室をでた。
陽海さんはいつもの余裕がまるでなく、怒りで全身を震わせながら病室にやってきた。
「望海は?」
「寝てます。」
「そっか……。」
のぞを見つめると、膝から崩れ落ちるように泣き始めた。
いつものぞに対して特大の愛情を注いでいて、恋人に対しても「のぞが一番大事」と公言している陽海さんの落胆した表情は、見ていられない。
居た堪れなくなって病室をでて、廊下のベンチに腰をかける。
ベンチで待っていた母親から、ぬるくなったお茶を受け取った。
俺のせいだ。
俺のせいだ。
俺のせいだ。
部活なんて、とっととやめればよかった。
後悔の念が心をグサグサと抉り、息が吸えない。
母親に背中を撫でられ、吐き気を感じてトイレに駆け込む。
もう何度も吐いてるのに、ほとんど空になった胃からムカつきだけが消えない。
自分に一番腹が立っていた。
岩井たちに対する憎しみよりも、自分のことが大嫌いだった。
のぞの家族からものぞのことを任されていたのに、守れなかった。
馬鹿で、弱くて、幼稚で、何もできない非力な俺が嫌いだ。
気がつくと、陽海さんが目の前に立っていた。
いつもの貫禄はまるでなく、髪もスーツも乱れて疲れ果てた表情をしている。
「お前のせいじゃない。責任感じる必要はねえから。頼って悪かった。」
「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。」
「謝るのはお前じゃない。岩井 猛、岡島 和樹、平井 航、俺が全員犯して殺してやる。お前は何も手出しすんな。」
頭を地面に擦り付けて謝っても、全然足りない。
取り返しのつかないことをしてしまったのだから……。
―――ごめん、ごめんね。のぞ。ごめん。
死んだように眠るのぞの顔を一度見てから、陽海さんに任せて家に戻った。
***
自分のことが、気持ち悪くて仕方がない。
吐いても吐いても気持ち悪くなるばかりで、胃の中にどんどん後悔が溜まっていく。
助けられなかったくせに、何もできなかったくせに、今ものぞのことが大好きな自分が大嫌いだ。
一週間前のあんなに楽しかった修学旅行の思い出が、嘘みたいだった。
俺に会えないことを寂しくて泣いたのぞがかわいくて、かわいすぎて……
絶対に、絶対に大事にしなきゃなって思ったばかりだったのに。
上書きされた思い出があまりにも悲惨すぎて、唇が震える。
シャツ1枚ののぞの姿を見て、身体が凍った。
顔面蒼白で、今にも泣きそうなのぞの顔。
小学生の時に毎日のように見てたあの顔に重なって、腹の中がグツグツと煮えたぎる。
怖かったんだろうなって思うと、怒りで心臓が震えた。
だいすき。
だいすき。
だいすき。
だから、この気持ちは絶対言えない。
俺の気持ち、あいつらと同罪だ。
キモい目で見て、キモい感情でのぞの側にいる。
大好きでごめんね。
助けられなくてごめんね。
姿が見えないのぞに謝りながら、身体を丸めた。
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